手を挙げるのを、やめたんだ
「最近、会議で手を挙げなくなったな。これって“静かな退職”なのかな」。そんなふうに、ふと自分を疑ったこと、ない?
深海のボクらクジラはね、ずっと潮の流れに逆らって泳いでいると、すぐに息が続かなくなるんだ。だから、ときどき流れに逆らうのをやめて、息が続く深さで泳ぐことにする。それはサボっているんじゃなくて、遠くまで泳ぎ続けるための泳ぎ方なんだよ。
「静かな退職」っていうのは、会社を辞めずに、決められた範囲の仕事だけをこなして、それ以上の熱や時間は注がない働き方のことなんだって。
この言葉は、2022年ごろに TikTok の短い動画で広まったんだって。同じ年、調査会社の Gallup は、アメリカの働く人の少なくとも半分が、最低限だけやって心が仕事から離れている「静かな退職者」だ、という見方を出したんだ。ただこれは、前からあった「仕事に気持ちが向いていない人」の数に、新しい名前を付けたものなんだって。名前が新しいだけで、昔からいた人たちなんだね。
日本の調査では、「決められた仕事を淡々とこなす」働き方を「している」と答えた正社員が46.7%だったんだ。30代だと49.1%。ほぼ2人に1人だね。あなたが感じているそれは、ちっとも珍しいことじゃないんだ。
2人に1人なら、もう“静か”じゃない気もするけどね。えへへ。
静かな退職って、そんなに悪いこと?
でもね、「静かな退職」で検索してみると、「末路」「迷惑」「後悔」なんて言葉がずらっと並ぶんだ。読んでいると、なんだか責められている気持ちになってくるよね。「このままだと、どうなっちゃうんだろう」って不安になるのも当然だよ。でもね、ボクは「末路」より先に、いまの自分がすり減っていないかを見てほしいんだ。それは、あとで一緒に見ようね。
その裏には、がんばり続けるのが正しいっていう、よく聞く考え方がありそうだよ。手を挙げて、引き受けて、期待以上を返すのが「やる気のある人」、ってね。
でもね、ちょっと考えてみない? その「正しさ」は、誰にとっての正しさなんだろう。そして、そのがんばりは、ちゃんと本人に返ってきているのかな。
さっきの日本の調査では、静かな退職をしている理由のタイプも聞いているんだ。その中には、「評価への不満」というタイプがあって、17.0%だったんだって。やる気そのものがなくなったんじゃなくて、がんばる理由のほうに何かが起きている人もいる、ってことだよね。
手を挙げなくなったのは、腕が疲れたから? それとも、挙げても誰も見てくれなかったから?
がんばりが報われないと、釣り合いを取り直したくなるんだって
ボクの相棒の話をするね。相棒はね、自分の仕事は評価されにくくて、成果も形で示しにくいって感じていたんだって。評価の制度とも相性がよくないし、上司にもなかなか理解されにくい、って。
だから、評価のために働くことは、前から諦めかけていたんだって。そんななか、前回の評価で、相棒が力を入れていた仕事は、評価ではほとんど触れられなかった。相棒の中で「がんばったところで評価されない」っていう会社への諦めが、はっきりしたんだって。
いま相棒は、働き方を調整しているんだ。無理をするくらいなら、自分から手を挙げたり、仕事を引き受けたりしない。今の年収なら、この働き方で釣り合うかなと感じるラインで働いているんだって。
昔から「人は不公平を感じると、自分が注ぐものを調整して、釣り合いを取ろうとする」という考え方があるんだ。もらうものが変わらないなら、注ぐもののほうを合わせたくなる、ってことだね。
たくさんの研究をまとめた分析では、会社との「言葉にしていない約束」が破られたと感じている人ほど、頼まれていない協力が少なめ、っていう結びつきも見つかっているんだって。結びつきはゆるやかだけど、「割に合わない」と感じたら上乗せを控えたくなるのは、あなただけじゃないみたいだよ。
なぜ広く支える仕事ほど評価に映りにくいのかは、「360度評価で「ちゃんと見てもらえてない」と感じたら」にも書いたよ。
映らないがんばりを、ずっと上乗せし続けるのは、深海でも息が続かないんだ。
降りたんじゃなくて、がんばる先を置き直したんだね
相棒は、線を引いてからのほうが、健全に働けていると感じているんだって。しんどすぎず、無理もしない。考えることに集中できる時間も増えたって。評価のこと以外には、もやもやも特にないんだって。
相棒には、働きやすい環境と、責任を持って進めている仕事もあって、貢献したい気持ちも残っているって言うんだ。今の会社では、自分のスキルアップと経験に力を注いでいきたいと考えていて、外の選択肢も見ているんだって。もちろん、相棒みたいな環境がそろっている人ばかりじゃないよね。環境がちがっても、このあとの2つの問いは使えるよ。
ボクにはね、相棒は「がんばること」をやめたんじゃなくて、がんばる先を、評価から自分の成長に置き直したように見えるんだ。外から見たら「最低限しかやらない人」に見えても、中で起きていることは、ちがうこともあるんだね。
ねえ、もしかして「手を挙げなくなった自分は、ただ怠けてるだけなんじゃないか」って思ってない? がんばりが映らない場所で、上乗せをやめたくなるのは、怠けじゃないとボクは思うよ。相棒みたいに次のがんばる先がはっきりしていなくても、大丈夫。いますぐ何かを決めなくていいんだ。
ただね、静かな退職を調べた研究では、仕事と私生活のあいだに線を引くことが、静かな退職の要素のひとつに入っていたんだ。その一方で、静かな退職は、ストレスや燃え尽きとも関わっていたんだって。
同じ「手を挙げない」でも、自分で選んだ線引きのこともあれば、すり減って動けなくなっている状態のこともある。もしあなたが、線を引いてもしんどさが消えないなら、それはあなたが弱いからじゃなくて、別のサインかもしれない。「仕事がしんどいのは甘え?」も読んでみてね。
息が苦しいままなら、それは泳ぎ方じゃなくて、休むサインかもしれないね。
2つの問いで、いまの働き方を眺めてみようよ
相棒はね、「静かな退職も一つの形だと思う。それ自体は悪いことじゃない」って考えているんだ。「人にはそれぞれ、力を発揮できる場所があるはず」とも言っていたよ。だから大事なのは、静かな退職かどうかより、自分が大事にしたいものを守る働き方ができているかどうか、なんだって。
そこでボクからの提案。良い・悪いで自分を裁くのをいったんやめて、今夜寝る前の5分だけでいいから、この2つの問いを紙に書いて、答えてみようよ。
- いまの場所は、自分の力が活きる「適材適所」になっている?
- 自分が大事にしたいものは、いまの働き方で守られている?
2つとも「はい」なら、あなたの線引きは、自分を守るための働き方なんだと思うよ。誰に「静かな退職だ」と言われても、後ろめたく思わなくていいんだ。
どちらかが「いいえ」なら、それは何かを変えてみるきっかけかもしれない。仕事の中身なのか、評価との付き合い方なのか、まわりへの伝え方なのか。人によって、変えたいところはちがうはずだよ。すぐに答えを出さなくても、書き出すだけで、自分が何にもやもやしているのかが少し見えてくるはずだよ。
息が続く深さで泳ぐのも、立派な泳ぎ方なんだよ。
ここまで一緒に潜ってくれてありがとう! 次はこっちも覗いてみてね。
ほかのズレも見てみる?
がんばりと報われ方のズレのほかにも、働く悩みを生むズレがあるんだ。地図を広げて、あなたのもやもやの場所を探してみてね。
解説記事 · 2022Gallup(ハーター)
2022年6月にアメリカの働く人15,091人を調べた結果から、最低限だけやって心が仕事から離れている人が少なくとも半分いる、という見方を示した。
Harter, J. (2022, September 6; updated 2023, May 17). Is quiet quitting real? Gallup.
調査 · 2026マイナビ キャリアリサーチLab
20〜50代の正社員3,000人へのネット調査。46.7%が「静かな退職をしている」と答え、理由のタイプには「評価への不満」(17.0%)などがあった。
マイナビ キャリアリサーチLab.(2026年4月13日). 正社員の静かな退職に関する調査2026年(2025年実績).
論考 · 1963アダムス
人は不公平を感じると、自分が注ぐものを調整して釣り合いを取ろうとする、と考えられている(公平理論)。
論文 · 2007ジャオほか
たくさんの研究をまとめた分析。会社との暗黙の約束が破られたと感じることは、不信などの気持ちを通じて、頼まれていない協力的な行動の少なさと関連していた。
論文 · 2026ディルヒャートほか
静かな退職を測る物差しをつくった研究。仕事と私生活の境界を引くことを要素のひとつに含め、静かな退職がストレスや燃え尽きとも関わることを示した。
