「また頼まれちゃった」って、思ってない?
「また頼まれた。やっても、評価には入らないのにな」。人事からのチャットを開いて、小さくため息をついていない?
たとえばね、深海の群れのいちばん前を泳いで、うしろの仲間が楽に進めるように水の流れをつくるクジラがいたとするよ。でも、その流れは誰の記録にも残らない。みんなが楽に泳げたのは、流れがあったからなのにね。
ボクの相棒もね、似たような経験をしてきたんだ。相棒の会社は、上司が一人で決めるより、みんなで考えて動くことを大事にするティール組織を目指していて、評価は仲間同士でつけ合う360度評価。そこで相棒は、人事から本業の外の仕事を頼まれていたんだって。1次面接を通った学生の振り返りを手伝って、会社の様子を伝えるリクルーター。カジュアル面談。採用イベントへの参加。
どれも会社づくりの大事な仕事だよね。でも、しっかりやっても評価には何も現れなかったんだ。相棒の言葉で言うと「ただのボランティア」。しかも相棒は、職場には頼まれたらなんとなく引き受ける空気があって、断りにくいと感じているんだって。
流れをつくったクジラは、誰が覚えててくれるんだろう?
断れない自分が、悪いのかな?
こういうとき、つい「断れない自分が弱いのかな」「見返りを求めるなんて、心が狭いのかな」って考えちゃうよね。頼まれるのは信頼されている証でもあるから、むげにもできない。
でもね、相棒の話にはおもしろい続きがあるんだ。相棒はそのあと、採用に関わる立場になった。すると、同じ仕事が「通常業務」になったんだって。
仕事の中身は何も変わっていないよね。変わったのは、その仕事が置かれている場所だけ。本業の外に置かれていたときはボランティアで、本業の中に入ったら仕事になった。

仕事の置き場所を自分で変えられる人は多くないよね。ここで見てほしいのは、人が何も変わらなくても、置き場所しだいで同じ仕事の扱いが変わった、ってことなんだ。だとしたら、報われなかったのは、きみの頑張りが足りなかったからでも、断れない性格のせいでもないのかもしれない。報われないのは、本人の問題っていう見方を、いったん脇に置いてみようよ。
「やりがい搾取」を調べると、会社が「やりがい」を盾にして安く働かせる話がたくさん出てくるよね。でも相棒の話には、誰かが安く働かせようとした場面は出てこない。なんとなく頼んで、なんとなく引き受ける。その積み重ねなんだ。それでも、熱意のある人が損をしてしまう。ボクはこれを善意の搾取って呼んでみたいんだ。
誰かが悪いわけじゃないのに、誰かが損してる。ふしぎだよね
どうして、熱意のある人ほど損をしちゃうのかな?
深海から眺めると、3つの仕組みが重なって見えるんだ。
頼む人と、評価する人が別
役割の外の協力は、一般には上司の評価や報酬と結びつくって、たくさんの研究をまとめた分析で言われているんだ。じゃあ、なぜ相棒の協力は映らなかったんだろう。
相棒は、こう感じているんだ。仕事を頼んでくる人事は、頼んだ相手の働きぶりをちゃんと見ているわけじゃないし、ふだんの関わりも大きくない。だから、360度評価の評価者として出てこないって。
評価する人が、その仕事ぶりを把握しているか、気づこうとしているか。それで協力が評価に映るかどうかが変わるみたいなんだ。協力は、見ている人の評価にしか映りにくいのかもしれないね。これは「もっとアピールしなきゃ」って話じゃないよ。頼む人と見ている人がずれていたら、どれだけ頑張っても映りにくい、ってことなんだ。
熱意が「タダでいい理由」になる
熱意があると見られた人に、無償の仕事や雑用を回すことを、周りは正当だと受け取りやすい、という実験があるんだ。「好きでやってるんだろう」「その仕事自体がごほうびだよね」って見られちゃうんだね。
ある実験では、「女性のほうが引き受けるだろう」と見込まれて、評価につながりにくい仕事が女性に偏っていたんだ。性別に限らず、「引き受けてくれそう」と見られる人に頼みは集まりやすいのかもしれないね。
相棒が感じている偏りは、また少し違うんだ。採用の依頼は、社外の人に魅力的に映る人に集まりやすいんだって。
断りにくさと疲れは、つながっている
頼まれごとを断りにくいと感じる圧力は、ストレスや、仕事と家庭のぶつかり合い、辞めたい気持ちと結びついていたんだ。協力を続けて疲れがたまることと、その後の協力の少なさが結びついていた、という報告もあるよ。
頼まれて、引き受けて、また頼まれて。気づいたら疲れているのは、きみが弱いからじゃないんだね。
熱意って、使い続けたら減っちゃうのかな
善意が、評価の外に流れ出ていたんだね
並べてみると、見え方が変わらない?
頼む人が、評価する側にいない。熱意は「タダでいい理由」にされやすい。断りにくさは、疲れと結びついている。どれも、誰か一人のせいじゃないよね。ボクには、善意が、評価の外に流れ出る仕組みに見えるんだ。
だから、見返りがほしいと思うのは、心が狭いからじゃないよ。流れをつくったクジラが「ボクのこと、覚えてる?」って思うのは、自然なことなんだ。
それに、報われなさに疲れて、頑張るのを少し降りたくなるのも、おかしなことじゃない。そのときの気持ちは、静かな退職の記事で潜っているよ。仲間からの評価になぜ映りにくい人がいるのかは、360度評価の記事にまとめているんだ。
次の頼まれごとを、引き受けるか断るか。それは、いますぐ決めなくていいんだよ。先に、自分がどれだけ流れをつくってきたかを、自分で見えるようにしておこう。
善意は、置き場所しだいで流れ出ちゃうんだね
頼まれごとを、1行ずつ記録してみようよ
相棒は、同じことで悩んでいる人に2つ伝えたいんだって。ひとつは、いまは自分の成長の機会だと捉えて、自分で意味づけしてやっていくしかない、ってこと。もうひとつは、制度を作る側の人には、問題を提起して、改善に向けて動いてほしいってこと。
ひとつ目は「我慢して」って意味じゃないと、ボクは思うんだ。「その仕事自体がごほうびでしょ」と周りに決められるのと、意味を自分で決めておくのは、ぜんぜん違うからね。
引き受けた頼まれごとを、1行ずつメモしてみて。
誰から/何を/どれくらいの時間/自分にとっての意味
「人事から/カジュアル面談/1時間/学生に話すと、自分の仕事を言葉にする練習になる」みたいな感じ。最後の「意味」の欄は、自分を守るための意味づけになる。そしてメモがたまったら、それは「評価の外にこれだけの仕事がある」っていう、問題提起の材料にもなるんだ。使うのは、ずっと先でいいよ。

断るのが怖くても、目上の人に「評価してほしい」と言い出しにくくても、メモなら1人でできるよね。
相棒はいま、この仕組みそのものを変える活動を始めようとしているんだ。どうすればよくなるのかは、まだ考えている途中なんだって。もしきみが制度を作る側にいるなら、頼む人が評価にも関われるかどうか、一度見直してみてほしいな。
流れをつくったクジラのことを、まずはクジラ自身が覚えておこう。最近引き受けた頼まれごとを1つ思い出して、きみの1行目、今日書いてみない?
ここまで一緒に潜ってくれてありがとう! 次はこっちも覗いてみてね。
組織のモヤモヤを、もっと深く潜ってみる?
評価のずれや、頼まれごとが偏る理由を、組織の4つの構造から整理した地図があるよ。
論文 · 2009ポザコフほか
役割の外の協力行動(組織市民行動)の影響を、多くの研究をまとめて調べた分析。協力行動は、上司の業績評価や報酬配分の判断、離職の少なさなどと関連していたことを示した。
論文 · 2024パクとチェ
韓国の上司と部下299組の調査。上司が部下の仕事ぶりを把握している度合いが高いときは、協力行動を通じて評価が高まる道筋が見られたが、低いときは見られなかった。
論文 · 2015オーほか
中国の工場33職場の調査。協力行動が評価に影響する一因は評価者の目を引くことで、その関係は、評価者が集団に役立つ行動に気づこうとしているかどうかで変わることを示した。
論文 · 2020キムほか
複数の実験と調査で、熱意があると見られた働き手に無給の残業や仕事と関係のない雑用をさせることを、周りは正当だと受け取りやすいことを示した。「自分から引き受けるだろう」「仕事自体が報酬だ」という見方が背景にあった。
論文 · 2017バブコックほか
評価や昇進につながりにくい仕事を、女性のほうが男性より、志願し、頼まれ、引き受けることを実験で示した。主な要因は「女性のほうが引き受けるだろう」という周りの見込みだった。
論文 · 2010ボリーノほか
会社員245人の調査。協力行動を求める圧力を感じている人ほど、仕事と家庭のぶつかり合い、ストレス、辞めたい気持ちが強いという関連を示した。
論文 · 2015ボリーノほか
働く人273人とその同僚を時間をおいて調べた研究。協力行動を続けることによる疲れ(市民行動疲れ)があり、その疲れが、その後の協力行動の少なさと関連していたことを示した。
