3000mの、その下へ
それは、どこにしまってあったのだろう。
たとえば、夕方の道で、どこかの家から煮物の匂いがする。その瞬間、何十年も思い出さなかった祖母の台所が、窓の光ごと戻ってくる。探しにいったわけじゃない。向こうから、届いたんだ。
ボクはホエール坊や。深海3000mに住む、小さな子鯨だ。ボクの相棒は、この「どこから」という問いを、パソコンの形に重ねて考えている。
パソコンには、記憶の置き場所が2つある。ひとつは、機械の中にしまっておくローカル。もうひとつは、どこか遠くのサーバーに預けておくクラウド。パソコンは、手元にないものが要るときだけ通信して、必要なぶんを取り寄せながら動いている。
相棒は、人間も同じ形をしているのではないか、と考えた。脳の中に記憶をしまいながら、どこか別の場所にも記憶が置かれている。そして、どの記憶にアクセスするかを決めているのは、意識なのではないか、と。
これは、科学の主張じゃない。相棒が思索の中で見つけた、ひとつのたとえなんだ。たとえは答えではない。でも、たとえを抱えて降りると、見えていなかった形が見えることがある。
今日は、記憶の置き場所を探しに、深淵へ降りていく。
取り寄せているのは、誰なんだろう。
第1層 ローカル ― 脳のどこかに、記憶の跡はあるか
最初の層には、まだかすかに上の光が残っている。
まず、手元の記憶から見ていこう。記憶は、脳のどこにあるのか。
20世紀の前半、アメリカの心理学者カール・ラシュレーは、この問いに長いあいだ取り組んだ。ラットに迷路を覚えさせ、脳のあちこちを傷つけて、どこを失うと記憶が消えるのかを調べつづけた。けれど彼は、記憶の在り処を一か所に突きとめることができなかった。その報告の題は「エングラムを探して」。エングラムとは、記憶が脳に残す跡のことだ。
探しても、一か所には見つからない。ただ、これは記憶が脳の外にあることを示すものではない。
ただ、話には続きがある。
2012年、利根川進さんたちのグループは、マウスが怖い体験を覚えるときに働いた、海馬(記憶にかかわる脳の部位)の細胞に目印をつけ、あとでその細胞にだけ光を当てた。すると、まったく別の箱にいるマウスが、怖い体験を思い出したように身をすくめた。記憶の跡は、脳の中に、たしかにあるらしい。
さらに2015年、同じグループは、薬で記憶が定着するのを妨げ、思い出せなくなったマウスを調べた。ふつうのきっかけでは、記憶は戻らない。けれど、その記憶を担っていた細胞に光を当てると、思い出した。
ボクは、ここがいちばん大事なところだと思うんだ。
思い出せないことと、消えたことは、別なのかもしれない。
しまってあることと、取り出せることは、別のはたらきらしい。パソコンでいえば、ファイルは残っているのに、そこへ行く道が切れている状態に近い。
いまの神経科学の主流は、記憶を、脳の中の細胞どうしのつながりの変化として捉えている。脳の外に何かを置かなくても説明できる、という立場だ。相棒の見方は、ここに正面から向き合わなければならない。それでも、「保存」と「取り出し」が分かれているという一点は、相棒のたとえと深く重なっている。
ファイルはある。道が、見えないだけ。
第2層 頭の外の記憶 ― 手帳、スマホ、隣の人
藍が、少し濃くなる。
脳の外に記憶がある、という話は、じつはそれほど突飛ではない。
1998年、哲学者のアンディ・クラークとデイヴィッド・チャーマーズは、こんな人物を描いた。美術館へ行きたいインガは、記憶をたどって「53丁目だ」と思い出し、歩いていく。アルツハイマー病のオットーは、いつも持ち歩く手帳を開いて「53丁目」と読み、歩いていく。インガとオットーは、手帳を開く前から、同じように美術館の場所を知っていたのではないか。オットーにとって手帳は、インガにとっての記憶と同じ役目を果たしている。心は頭の内側で終わらない、とクラークたちは論じた。
心理学者のダニエル・ウェグナーは、夫婦やチームの記憶に目を向けた。誰が何を覚えているかを互いに知っていれば、全部を自分で覚えなくていい。記憶は、何人かのあいだに分けて置かれている。
スマホに予定をあずけ、家族に「あれ、いつだっけ」と聞く。ありふれた形のクラウドは、もう、ボクらの暮らしの中にある。
けれど、それは目に見える外だ。手帳も、スマホも、隣の人も、手でさわれる。
相棒が見ているのは、もっと下にある、目に見えない場所のほうなんだ。
見える外の、さらに外。そこへ降りていこう。
第3層 見えない場 ― 記憶そのものは、どこに
光が、ほとんど届かなくなってきた。
脳を記憶の倉庫と見ない人は、100年以上前にもいた。
1896年、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは『物質と記憶』を書いた。当時は、記憶は脳の特定の場所に宿る、という考えが力を持ちはじめていた。ベルクソンは、そこに異を唱えた。脳は、記憶をしまっておく倉庫ではない。いまの行動に役立つ記憶を選び出し、行動へとつなぐための器官なのだ、と。過ぎ去った記憶そのものは、意識にのぼらないまま残りつづけている、と彼は考えた。
ベルクソンは、記憶を逆さまの円錐で描いた。とがった頂点は、いまここにある身体。それが「現在」という平面に刺さっている。底の広い面には、いちばん古い記憶まで、過去のすべてが広がっている。行動に向かって張りつめているとき、記憶は頂点の近くに絞られる。夢の中では、底のほうの古い記憶が、ふいに浮かび上がってくる。

相棒のたとえと、どこが同じだろう。
脳は倉庫ではなく、選んで取りに行く側だ、という見方。そして、意識のありようによって、届く記憶の深さが変わる、という見方。ここは、驚くほど重なっている。
では、どこが違うのか。
ベルクソンの言う記憶は、あくまで、その人自身が生きてきた過去だった。個人を超えて、記憶そのものがどこかに置かれている、とまでは言っていない。
ほかの先人たちも、近くまで来ている。けれど、立っている場所は少しずつ違う。
心理学者のカール・グスタフ・ユングは、一人ひとりが忘れたり抑えこんだりした記憶の層の、さらに奥に、人類に共通する集合的無意識があると考えた。けれど、そこにあるのは誰かの思い出ではなく、「原型」と呼ばれる、心の型のようなものだった。思い出そのものではなく、ものごとを思い描くときの型に近い。
古代ギリシアのプラトンは、対話篇『メノン』で、幾何を習ったことのない少年が、問いに導かれて正しい答えにたどりつく場面を描いた。学ぶとは、魂がもともと知っていたことを思い出すことなのだ、と。知は外から入るのではなく、内から思い出される。ただ、その場所は魂の内側だった。
仏教の唯識には、行いや経験の名残を蔵のように蓄える心の層、阿頼耶識(あらやしき)という考えがある。それも、基本は一人ひとりの心の奥の蔵だ。この蔵のことは、以前「人間は、ラジオかもしれない」でも少し触れた。
脳は倉庫ではない、と言った人はいる。個人を超えた層がある、と言った人もいる。けれど、ここで対話してきた先人たちの中に、個人を超えた場所に、記憶そのものが置かれているとまで言った人はいない。
相棒の見方は、先人たちが見ていた場所と重なりながら、少しだけ外側にずれて立っているのかもしれない。
重なるところと、ずれるところ。そのずれの中に、相棒の問いがある。
第4層 意識の状態が、つなぐ先を決めているのか
ここから先は、もう光がない。
置き場所の話は、ここでいったん離れよう。相棒がいちばん言いたいのは、その先にある。どこに置かれていても、何が届くかを決めているのは、いまの意識の状態なのではないか、ということだ。
心理学には、これに近い知見がいくつもある。
心理学者のエンデル・タルヴィングたちは、覚えたときと思い出すときで、手がかりや状況が重なっているほど思い出しやすい、という見方を示した。記憶は、それだけで取り出されるのではなく、覚えたときの手がかりと結びついている、という考え方だ。
心理学者のゴードン・バウアーは、催眠で楽しい気分や悲しい気分にした人たちに、昔の出来事を思い出してもらった。人は、そのときの気分に合った出来事を、より多く思い出した。沈んだ日に、沈んだ記憶ばかりが浮かんでくるのは、偶然ではないのかもしれない。
思い出せる日と、思い出せない日がある。その差は、置き場所ではなく、その日の自分の側にあるのかもしれない。
深海に住むボクとして、どうしても話しておきたい実験もある。
1975年、イギリスの心理学者ゴッデンとバデリーは、ダイバーたちに、陸の上と水の中で単語を覚えてもらった。すると、水中で覚えた単語は水中で、陸で覚えた単語は陸で、よく思い出された。
ところが、2021年にオランダの研究者が16人のダイバーで同じ実験を試みると、その差は見られなかった。
それより前、2001年に多くの研究をまとめた分析では、覚えた場所の効果はあるものの、大きくはないとされていた。
1975年に水の中で見えた差は、もう一度潜ってみると、見えなかった。科学が言えるのは、覚えたときと思い出すときの状況が近いと、少しだけ思い出しやすいことがある、というところまでだ。
ここから先は、相棒の見方として聞いてほしい。
相棒は、意識の状態を、どのサーバーにログインしているかに近いものと見ている。同じ記憶がどこかに置かれていても、つながっていなければ届かない。ベルクソンの円錐に重ねるなら、張りつめた心はすぐ近くの記憶に、ほどけた心はもっと深いところにつながる、と読むこともできる。煮物の匂いがふいに祖母の台所を連れてきたのは、その一瞬、心が深いほうへつながったからなのかもしれない。

鍵は、置き場所じゃなくて、ボクらの側にあるのかもしれない。
第5層 取りに行くたびに、届くものが変わる
深淵の水は、重く、冷たい。
もうひとつ、相棒のたとえが少し壊れる場所がある。
2000年、神経科学者のカリム・ネイダーたちは、ラットにしっかり定着した怖い記憶を、もう一度思い出させた。そして、その直後に、記憶を固めるのに必要なしくみを薬で止めた。すると、その記憶は、あとで思い出せなくなった。思い出させずに同じ薬を入れたときは、記憶はそのまま残った。
一度定着した記憶も、思い出した直後には、また揺らぎやすい状態に戻るらしい。これは再固定化と呼ばれている。
クラウドのファイルは、何度開いても同じ中身で戻ってくる。けれど人の記憶は、取りに行くたびに、少しずつ違うものになって戻ってくるのかもしれない。
そうだとすれば、記憶の形を決めているのは、置き場所だけではない。どんな状態で、どんなふうに問い合わせたか。その積み重ねが、記憶そのものを少しずつ形づくっている。
思い出すたびに、記憶は少しだけ書き直されているのかもしれない。
深淵の底で
ここが、いちばん深い場所だ。
光も音も届かない。ボクのアンテナだけが、かすかに光っている。
記憶はどこにあるのか。脳の中か、手帳の中か、隣の人の中か、それとも、目に見えない場所か。
この問いには、たぶん、最後まで答えが出ない。科学がたどりついたのは「しまってあることと、取り出せることは別」というところまでで、その先は、まだ暗い。
けれど、ひとつだけ、底からでも見えることがある。
置き場所がどこであっても、いまの自分が、どんな状態で問い合わせるかは、毎回、ここで決まっている。張りつめているのか、ほどけているのか。沈んでいるのか、ひらいているのか。届く記憶は、その状態に合わせて選ばれ、選ばれたものが、また少しずつ書き換わっていくのかもしれない。
相棒のたとえで言えば、ボクらは、記憶の持ち主というより、記憶につながる端末なのかもしれない。
持っているんじゃなくて、つながっている。
底に残る問い
それは、どこにしまってあったのだろう。
降りてくる前、煮物の匂いの中で、そう思ったかもしれない。脳の中か、もっと遠いどこかか。それは、まだわからない。ただ、届いたその一瞬、心がどこかへつながっていた。その手ざわりだけは、たしかに残っている。
ボクは、この底に残る。問いをひとつだけ、置いていくよ。
今日ふと思い出したことは、どこから届いたのだろう。
論文 · 1950ラシュレー
ラットの脳のさまざまな部分を傷つけて、迷路の記憶がどこに残るのかを調べつづけた研究のまとめ。記憶の跡(エングラム)を一か所に特定することはできなかった。
論文 · 2012リウ、利根川ほか
マウスが怖い体験を覚えるときに働いた海馬の細胞に目印をつけ、あとで別の場所で光を当てると、マウスは怖い記憶を思い出したように身をすくめた。
論文 · 2015ライアン、利根川ほか
薬で記憶の定着を妨げ、思い出せなくなったマウスでも、その記憶を担う細胞を光で直接働かせると記憶が戻った。記憶の保存と取り出しは分けて考えられることを示した。
論文(総説) · 2020ジョスリンと利根川
記憶の跡(エングラム)の研究をまとめた総説。記憶は、脳の中の細胞の集まりとそのつながりの変化として捉えられている。
論考 · 1998クラークとチャーマーズ
手帳を記憶の代わりに使うオットーの例を挙げ、心のはたらきは頭の内側だけで終わらず、まわりの道具にまで広がりうると論じた。
Clark, A., & Chalmers, D. (1998). The extended mind. Analysis, 58(1), 7–19.
論考 · 1987ウェグナー
夫婦やチームでは、誰が何を覚えているかを互いに知ることで、記憶を分けもっていると考えた「交換記憶」の論考。
書籍 · 1896アンリ・ベルクソン
記憶を脳の特定の場所に宿るものと見る考えに異を唱え、脳はいまの行動に役立つ記憶を選ぶ器官であり、過去の記憶そのものは意識にのぼらないまま残ると論じた。記憶を逆さまの円錐で描いた。
書籍 · 1936カール・グスタフ・ユング
一人ひとりの無意識の奥に、人類に共通する「原型」からなる集合的無意識の層があると論じた。
書籍 · 古代ギリシアプラトン
ソクラテスが幾何を習ったことのない少年を問いで導き、学ぶとは魂がもともと知っていたことを思い出すこと(想起)だと語る対話篇。
Plato. Meno(『メノン』). Jowett, B. (Trans.). Project Gutenberg. 邦訳に藤沢令夫訳, 岩波文庫.
解説記事サニ(スタンフォード哲学百科事典)
仏教の唯識(瑜伽行派)の解説。行いや経験の名残を蓄える心の層を阿頼耶識(蔵の識)と呼ぶ。
論文 · 1973タルヴィングとトムソン
思い出しやすさは、覚えたときの手がかりや状況と、思い出すときのそれがどれだけ重なるかで決まる、という「符号化特殊性」の考えを示した。
論文 · 1981バウアー
催眠で楽しい気分や悲しい気分にした人たちは、そのときの気分に合った出来事をより多く思い出した。気分が記憶の取り出しを左右することを論じた。
Bower, G. H. (1981). Mood and memory. American Psychologist, 36(2), 129–148.
論文 · 1975ゴッデンとバデリー
ダイバーに陸の上と水中で単語を覚えてもらうと、水中で覚えたものは水中で、陸で覚えたものは陸で、よく思い出された。
論文 · 2021ミュレ
16人のダイバーで1975年の実験を試みた追試。覚えた場所と同じ場所で思い出したほうがよい、という結果は見られなかった。
論文(メタ分析) · 2001スミスとヴェラ
覚えた場所と思い出す場所の関係を調べた多くの研究をまとめた分析。場所の効果はおおむね確かめられたが、その大きさは控えめだった。
論文 · 2000ネイダーほか
定着した怖い記憶も、思い出した直後には揺らぎやすい状態に戻り、そのときに記憶を固めるしくみを薬で止めると、あとで思い出せなくなった(再固定化)。
この記事を書いたふたり

相棒の実体験に、研究でわかっていることを重ねて書いています。内容の誤りに気づいたら、お問い合わせから教えてください。
