自分って、結局なんのプロなんだろう
「自分って、結局なんのプロなんだろう」。そんなふうに思ったこと、ないかな?
深海にはね、海流に乗って、いろんな海域を回遊するクジラがいるんだ。北の冷たい海で食べ物を探して、南のあたたかい海で子どもを育てて、また別の海へ。ずっと同じ場所にいる魚から見たら、「あの子は、どこの海の住人なんだろう」って思うかもしれないね。
人間の会社でも、数年ごとに部署が変わって、そのたびに仕事の進め方をいちから覚え直す人がいるよね。気づけば何年もたつのに、「これが自分の専門です」と言えるものが見つからない。
同年代の人が「〇〇の専門家」として転職したり、発信したりしているのを見かけた夜。評価面談で「次は何を伸ばしたい?」と聞かれて、言葉に詰まった帰り道。ふと「自分は器用貧乏で終わるのかな」って不安になるんだよね。
ボクもそれ、わかるよ〜。ボクだって、どこの海の専門家かって聞かれたら困っちゃうもん。
ねえ、いろんな海を泳いできたことって、ほんとに何も残ってないのかな?
その不安、ほんとは2つ重なってない?
「ゼネラリストも強みだよ」って記事を読んでも、「じゃあ自分の強みって何?」ってなっちゃうよね。でもね、ちょっと考えてみない? 「専門性がない」っていう不安をよく見ると、2つの不安が重なっていることが多いんだ。
1つめは、外の不安。「転職しようと思っても、売りになるものがないんじゃないか」っていう不安だよ。2つめは、中の不安。「このまま社内の評価で置いていかれて、居づらくなるんじゃないか」っていう不安。
「外で通用するか」はね、実際の力とは別に、本人の見立てとしてとらえる考え方があるんだって。
つまり、「売りがない」と感じることと、本当に売りがないことは、イコールじゃないかもしれないよね。見立てが暗いのは、力の問題だけじゃなくて、自分の経験をどう言えばいいか、まだ言葉が見つかっていないせいもあるのかもしれない。
ネットでは「異動が多い人は無能なの?」なんて言葉も見かけるけど、異動って、自分の希望だけじゃなくて、会社の都合や人手の事情で決まることも多いよね。動かされた回数で、その人の力が決まるわけじゃないんだ。
「自分は器用貧乏で終わるのかな」って思っちゃう夜もあるよね。でも、いろんな部署でそれなりにやってこられたこと自体、何かが身についてきた跡なんだと思うな。いますぐ答えを出さなくていいから、この先を一緒に見てみようよ。
「売りがない」って、ほんとは「まだ言葉になってない」だけかもしれないね。
ボクの相棒も、部署を転々としてきたんだ
ボクの相棒もね、最初は事業部のチームでシステムの開発と運用を3年ほど。仕事の量が一気に増えて、いったん立ち止まる時期があったあと、事業部をまたいで技術を支える部署に移ったんだ。そこでは新しいプロダクトの開発や、技術職の育成に関わったんだって。そこから育成のつながりで、エンジニア向けの人事の仕事を始めたんだ。人事の人手が足りなかったこともあって、人事全体の研修や採用にも携わるようになったんだって。
異動の多くは流れで決まった。でも、最後はいつも自分で決めて動いてきたんだって。流れで決まった異動でも、そこでやってきたことは、ちゃんと自分のものだよね。ただ、同じ道をたどった人は社内にいなくて、お手本がない。相棒は「評価で置いていかれるんじゃないか」「転職しようにも売りになる経験がないんじゃないか」って、いまも不安を感じているんだ。
ある大企業の社員を調べた研究では、いろんな職務を経験した人ほど、「スキルが身についた」「キャリアに役立った」と感じやすい傾向があったんだって。ただ、1社の調べだから、動けば得をするとまでは言えないよ。
それにね、前の仕事の経験は、そのまま新しい職場の成果になるとは限らなくて、新しい職場のことを知って、はじめて活きてくる、という研究もあるんだ。
だから、「何も残っていない気がする」のは、経験がないからじゃなくて、まだいまの仕事とつながって見えていないからかもしれないね。
回遊してきた海と海、まだ線でつながってないだけなのかも。
積み上がっていたのは、分野じゃなくて「見方」だったのかも
システムを設計するときは、「この要件を満たすために、どんな役割の機能に分けて、どこに置いて、どうつなげるか」を考えるんだって。それが、いまの人事での組織づくりにも活きている、と相棒は感じているんだ。人がどんな役割を持って、誰とどうやりとりして、目的を果たしていくか。それってまさにシステムだと思ったんだって。
開発のことと、人事のこと。相棒は、「ものごとを構造でとらえて、組み合わせる」という同じ見方で、2つがつながっていると感じているんだね。専門性=1つの分野の深さだけだと思っていると、こういう積み上がり方は見えにくいんだ。
相棒の場合は、たまたまそれが開発だっただけ。「見方」は技術じゃなくてもよくて、段取りの組み方や相手の話の聞き方みたいに、ふだん当たり前にやっていることの中にも隠れているんだ。
ある会社のマネジャーを調べた研究では、グループとグループの間に立つ人ほど、よいアイデアを出しやすかったんだって。いくつもの海を知っていると、1つの海の中からは見えない景色が見えることもあるんだね。
仕事が大きく変わるときは、経験を自分についての1つの物語として語れると、新しい自分を組み立て直す助けになる、とも考えられているんだ。ばらばらの経験も、1本の話にしてみると、見え方が変わるのかもしれないね。
相棒もまだ、不安が消えたわけじゃないんだ。「開発がわかる人事」みたいな掛け合わせは、強みになりうると思っている。でも、転職市場でどう見られるかは、まだ確かめていないんだって。それでも相棒は、「すべての経験にはつながりがある」と思っているんだって。
どこの海の住人かより、どう泳いできたかなんだね。
まずは、経験の「つなぎ目」を1つ書き出してみよう
前の部署で身についた考え方が、いまの仕事で使えている場面を、1つだけ書き出してみよう。
今夜、スマホのメモに1行だけでいいよ。形はこれだけ。
- 「〇〇の部署で身についた△△の考え方を、いまの□□に使っている」
たとえば「営業で身についた『相手の困りごとを聞く』考え方を、いまの企画に使っている」みたいにね。「強み」なんて大きな言葉にしなくていいんだ。自分のことを強みとして話すのって、ちょっと照れくさいもんね。だから、あったことを書くだけ。
書いてみると、ばらばらだった経験の間に、細い線が見えてくることがあるよ。それが、まだ名前のついていない、あなたの専門性なのかもしれない。
この1行は、評価面談で「次は何を伸ばしたい?」って聞かれて詰まったときの、手がかりにもなるかもしれないよ。「〇〇で身についた△△を、□□でも使っていきたい」って言えたら、それはもう立派な答えだよね。
相棒はね、同じことで悩んでいる人に「何らかの観点で、専門性は積み上がっている。その観点に気づいていないだけ」って伝えたいんだって。いま感じている悩みに向き合うことが大事だ、とも言っていたよ。
不安があるのは、ちゃんと自分の道を考えている証拠だとボクは思うな。
いろんな海を泳いできたあなたにしか、見えない景色も、あるはずだよ。
ここまで一緒に潜ってくれてありがとう! 次はこっちも覗いてみてね。
働く悩みを、もう少し深く潜ってみる?
「専門性がない」不安は、いまの力と、求められる期待のズレから生まれることもあるんだ。働く悩みを3つのズレで見た地図もあるよ。
論考 · 2014ファンヘルケほか
「エンプロイアビリティ(雇われ続けられる力)」を心理学の立場から整理した論考。実際の能力とは別に、「仕事を得て続けられそうか」という本人の見立てとしてとらえる考え方を示した。
論文 · 1994キャンピオンほか
アメリカの大企業1社の従業員255人を調べた研究。職務を移った経験の多い人ほど、昇進や給与、スキルが身についた・キャリアに役立ったという実感と結びついていた(相関の研究)。
論文 · 2009ドッコほか
前の仕事の経験が、新しい職場での成果にどうつながるかを調べた研究。経験はそのまま成果になるわけではなく、新しい職場についての知識を通して活きることを示した。
論文 · 2004バート
アメリカの大手電子機器メーカーのマネジャーを調べた研究。グループとグループの間に立つ人ほど、よいアイデアを出しやすく、そのアイデアが価値あるものと評価されやすかった。
Burt, R. S. (2004). Structural holes and good ideas. American Journal of Sociology, 110(2), 349–399.
論考 · 2010イバーラとバルブレスク
仕事の大きな移り変わりのとき、自分についての物語が、自分らしさを組み直す助けになると考えられている、と整理した理論の論考。新しい役割を一貫した話として語れるようになると、移行が進みやすいとした。
