「これまで何をやってきたの?」に、うまく答えられなかった
「あれ、自分って、何をやってきたんだっけ」。誰かに経歴を聞かれて、思ったより言葉が出てこなかったこと、ない?
深海3000mを泳いでいるとね、通ってきた道すじは、水の中ですぐに消えてしまうんだ。ずいぶん長く泳いできたはずなのに、ふり返っても跡が残っていない。どこを通って、どこで迷って、どこで何を見つけたのか。覚えているつもりでも、思い出そうとすると輪郭がぼやけているんだよね。
仕事も、少し似ているかもしれないね。毎日ちゃんと働いてきたはずなのに、数年前の仕事のこととなると、どんな経緯だったのか、自分がどこまでを担っていたのか、どんな結果だったのかが、ぼんやりしてしまう。資料は会社の中にあって、手元には何も残っていない。
職務経歴書を書こうとして、何年も前の業務や数字がどうしても思い出せない。そう困っている人の声を、ボクはよく見かけるんだ。しかも、それに気づくのはたいてい、転職活動を始めて「さあ書こう」となったとき。まだ転職を決めていない人には、その日はまだ来ていないんだよね。
書けないのって、中身がないからなのかな?
職務経歴書って、転職を決めた人が書くもの?
職務経歴書は、転職すると決めた人が、応募するときに書く書類。そう思っていると、転職を決めていないうちは、書く理由も締め切りもないよね。「職務経歴書は定期的に更新しよう」って記事を読んで、理由はわかるけど、実感がわかないまま後回し……ってこと、ないかな。「転職もしないのに書くなんて、気が早すぎない?」って感じるのも、自然なことだと思うんだ。
ボクの相棒もね、外の世界を見てみようと思って、転職エージェントと面談したことがあったんだ(そのときの話は前の記事に書いたよ)。面談では、これまでの仕事をいろいろ聞かれて、経歴を一緒に棚卸ししてもらったんだって。そのとき相棒は、自分の経歴を、求められているほど具体的には話せないと感じたんだ。
それで相棒は、面談のあとで職務経歴書を書こうと思った。ところが、何年か前に取り組んだ大きめの仕事、方針を描いて予算を取りに行った件を書こうとしたら、あまり覚えていなかったんだって。自分で動いたはずの仕事なのに、だよ。
相棒はそこで、「転職するしないにかかわらず、職務経歴は都度ふり返って書いておく必要がある」と思ったんだ。
職務経歴書=転職を決めてから書く応募書類、とは限らないのかもしれないね。転職を決めてからだと、思い出したいことはもう遠くにある。気が早いんじゃなくて、思い出せるうちだから書けるんだと、ボクは思うんだ。
思い出せなくなってから書くのって、大変なんだね
どうして、ちゃんと働いてきたのに思い出せないのかな?
ちゃんと覚えているつもりだったのに、どうしてこんなに抜け落ちてしまうんだろう?
記憶の研究では、出来事は時間がたつほど細かいところから思い出しにくくなる、と整理されているんだ。それに、思い出すときも、昔のままではなく、今の自分の見方で組み立て直されやすいとも考えられているんだって。仕事の記憶だけを調べた研究ではないけれど、数年前の仕事がぼやけるのも、記憶のそういう性質と関係しているのかもしれないね。
だから、職務経歴書が書けないのは、きみに語れることがないからじゃないと思うんだ。書かないまま、時間がたっただけなんだよ。

それに、書き出してふり返った人のほうが、そのあとの成績も上がりやすいことが、研修での実験やいくつかの研究のまとめで報告されているんだ。ボク、ふり返りって思い出すためだけのものじゃないんだって知って、ちょっとびっくりしたよ。書いておくことは、過去の記録であると同時に、次に活かす材料にもなるんだね。
思い出せないのは、きみのせいじゃないんだね
書いてみたら、成果より「手応え」と「すり減り」が見えたんだ
相棒が職務経歴書を書きながらふり返ってみたら、成果の数字より先に見えてきたものがあったんだって。それは、自分が何に手応えを感じて、何にすり減っていたかだったんだ。
手応えのほうはね、新人向けの研修の話だったんだ。チームで課題を見つける研修でね、課題を見つけるのは時間がかかるし、実際の仕事に触れながらのほうが課題に気づきやすいと考えて、相棒はほかの予定と並行して進める形に設計したんだって。ほかの予定のほうを優先にしたら、チームで日程が合わずに不満が出た。ほかの予定に集中する人と課題に集中する人で気持ちに差が出て、課題を背負っている人ほど苦しくなってしまったんだ。相棒はそこから、並行させると人の気持ちはどちらかに偏る、うまく調整できないと片方を背負う人が苦しくなる、と学んだ。自分の設計で生まれた声を受け取って、「こうすべきだった」がわかったこと。そこに、手応えを感じたんだって。うまくいったことだけが手応えじゃないんだね。
すり減ったほうは、担当する領域が広いうえに、細かいタスクが山のようにあった時期の話。さばききれずにこぼれるものが出て、相棒は自信をなくしたし、周りからの評価も下がった気がしたんだって。全体を見てくれる人がいないなかで仕事を調整するのが、一番すり減ったそうなんだ。
2つを並べてみて、相棒は気づいたんだ。「並行するものが多すぎると、真剣な人から苦しくなる」って。同じ形が、自分にも、自分が設計した仕組みの上の人にも出ていたんだって。ボクはこれ、自分に合う働き方を考えるときのものさしにもなりそうだなって思ったんだ。同時にいくつのことを抱えるのか、全体を見てくれる人がいるのか、ってね。

職務経歴書は、応募のための書類である前に、自分のものさしになるのかもしれないね。
ふり返ったら、自分の形が見えてきたんだね
区切りに1件だけ、「やったこと・手応え・すり減り」を書いてみようよ
転職を決めていなくても、職務経歴書は少しずつ更新しておかない? 全部を一度に書かなくていいんだ。
仕事の区切りに1件だけ、この3行を自分用のメモに書き足してみて。
やったこと/手応えを感じたこと/すり減ったこと
出す書類にするのは、このメモからでいいんだ。すり減ったことは、自分を責めるためじゃなくて、自分に合わない形を知るために書くんだよ。まずは今夜、いちばん最近終わった仕事を1件だけ。そのあとは、プロジェクトが終わったときや評価の時期を区切りにすればいいと思うよ。スマホのメモで十分だし、数字は思い出せる範囲でいいんだ。
それでも、一人で書くと「大したことしてないな」で手が止まっちゃうこと、あるよね。そんなときは、転職エージェントとの面談を、棚卸しの場として使ってみるのもありだと思うんだ。相棒も、面談で聞かれて初めて、自分の経歴を具体的に話せていないことに気づけたんだからね。進路選びの支援の研究でも、自分で書くことと、一人ひとりへのフィードバックを含む支援は、効果が高い傾向があったんだって。主に学生の研究だけど、「書く」と「聞かれる」を組み合わせるヒントにはなると思うんだ。エージェントには営業の側面もあるから、最初に「まだ転職は決めていない。経歴を整理したい」と伝えていいんだよ。
毎日の仕事を1行ずつ残す話は、頼まれごとの記録や伏線メモの記事にも書いたよ。こっちは、その少し長い版なんだ。
深海に道すじは残らないけど、書いておけば、あとからちゃんとたどれる。きみも、思い出せるうちに1件だけ、書いておいてみない?
ここまで一緒に潜ってくれてありがとう! 次はこっちも覗いてみてね。
論考 · 1999シャクター
記憶のうまくいかなさを7つに整理した論考。時間がたつと細部が思い出しにくくなることや、今の見方で過去を組み立て直してしまうことなどが含まれると考えられている。
論文(査読前) · 2014ディ・ステファノほか
新人研修などで行った実験。その日をふり返って書く時間をとったグループのほうが、最終テストの成績が高かったと報告している。
論文 · 2013タネンバウムとセラソリ
訓練や医療などで、出来事のあとにふり返る時間をとった研究をまとめた分析。ふり返った群のほうが成績が高く、個人でもチームでも同じくらいの効果が見られた。
論文 · 2003ブラウンほか
進路選びの支援の研究をまとめた分析。自分で書く課題や、一人ひとりへのフィードバックなどの要素を含む支援ほど、効果が高い傾向があった。
