「もっと主体的に」って、どうすればいいんだろう?
「もっと主体的に動いてほしい」。そう伝えたのに、相手の顔はくもったまま。言った自分も、何をどう変えてほしいのか、うまく言えなかった。そんな夜ってない?
ボクはホエール坊や。深海3000mに住む、小さな子鯨だ。ふだんはここから、人の働く世界をそっとのぞいている。深海の生き物はね、まわりの水の冷たさや重さに合わせて、動き方を変えて生きているんだ。同じ魚でも、水が変われば泳ぎ方が変わる。
ボクには、人間の相棒がいる。このブログを一緒に書いている、人と組織のことを仕事にしている人だ。相棒はいま、会社で新卒の研修を設計している。ねらいは、新卒が自分から課題を見つけて、企画して進める力を身につけること。つまり、まさに「主体性」を育てる仕事なんだ。
その相棒が、「自己決定理論」という考え方に出会って、研修の位置づけがはっきりしたんだって。
ねえ、主体性って、言われたら出てくるものなのかな?
主体性って、性格の話なのかな?
自分は言われなくても動いてきた人ほど、動かない人を見ると不思議に思うよね。会社からも「主体性のある人を」って言われるし。
でも、「主体性がない」と言うとき、ボクらはつい、それをその人の性格や態度の話にしちゃう。言われた側も「自分はやる気のない人間なのかも」と受け取る。言う側も言われる側も、主体性を「その人の中にあるかないか」で見ているんだよね。
だから、やる気を引き出す方法を探すと、ほめ方や目標の立て方、表彰やごほうびみたいに、外からやる気を足す道具が並ぶ。それで動く日もあるけど、続かないことも多い。
自己決定理論は、ここを少しずらして見る理論なんだ。心理学者のデシとライアンが育ててきた考え方で、人には満たされたい3つの欲求があり、それを満たす環境ほど人は自分から動きやすく、ふさぐ環境ではやる気や健やかさが落ちやすい、と論じているんだ。
つまり、問いが「この人にやる気はあるか?」から「この人のまわりの水は、どうなっている?」に変わる。深海の魚の泳ぎ方を、魚の性格だけで説明しないのと同じだね。
ここまで読んで、「じゃあ、新人が動かないのは、自分の関わり方が悪いから?」って思ったかもしれない。でもね、まわりの水は、ひとりでつくるものじゃないよ。仕事の割り振りも、職場の空気も、会社の仕組みも混ざっている。水を見るのは、誰かを責めるためじゃなくて、手を入れられる場所を探すためなんだ。
動かないのは、その人じゃなくて、まわりの水のせいかもしれないよ
自己決定理論の3つの欲求と、やる気の5つの段階
3つの欲求
自己決定理論が挙げる欲求は、この3つだよ。
- 1
自律性
自分で選び、納得して動いている感覚。好き勝手にすることではなく、人に頼りながらでも「自分で決めた」と思えること
- 2
有能感
うまく働きかけられて、できるようになっている感覚。ふだんの言葉なら「手応え」
- 3
関係性
大事な人とつながり、受け入れられている感覚
相棒は「役に立っている感」って言っていたけど、それも手応えに近いよね。人の役に立てたという感覚(貢献)は、有能感とは別に、健やかさとつながっていたという研究もあるんだ。この記事では、どちらもまとめて「手応え」と呼ぶね。
やる気は「あるか・ないか」じゃなく、グラデーションになっている
もうひとつ大事なのが、やる気には「やらされ」から「それ自体が楽しい」まで、グラデーションがあるという見方だよ。
| 段階 | どんな気持ちで動いているか |
|---|---|
| 外的(ごほうび・罰で) | ごほうびがほしい、怒られたくない |
| 取り入れ(罪悪感で) | やらないと罪悪感がある、認められたい |
| 同一化(大事だと思えて) | 大事だと自分で思える |
| 統合(自分らしさと重なって) | 自分の価値観と重なっている |
| 内発(楽しいから) | それ自体が楽しい |

職場の研究では、外からの動機を自律の度合いで分けて考えるんだ。この記事では、上の2つを「やらされる動機」、下の3つを「自分ごとの動機」と呼ぶね。3つの欲求が満たされるほど、やらされごとが少しずつ自分のものになって、下へ移っていく、と考えられているんだ。
職場でも、3つの欲求の満たされ方を99の研究でまとめたレビューがある。72の研究をまとめた別の分析では、上司が部下の自律性を支える職場ほど、部下の自分ごとの動機が高い、というつながりが見られた。この分析の多くは「一緒に起きている」ことを見た研究で、原因と結果までは言い切れないけれど、「自分で選べている」「上の人が支えてくれている」と感じられる職場ほど、やらされ感は小さくなりやすいんだね。
ちなみに、「ごほうびはやる気を下げる」かどうかは、研究者のあいだでも意見が分かれているんだ。この話は社内施策の「やらされ感」の記事でも潜っているよ。
やる気は足すものというより、ふさがないものなのかもしれないね
新卒研修の仕掛けに、3つの欲求が隠れていた
ここで、相棒の研修の話に戻るね。相棒の研修には、こんな仕掛けがあるんだって。
- 社員と話す接点を、いろいろ用意している。たとえば、社員とのランチ代を補助している
- 社員や同期と話す中で見つけた課題に、小さくても改善のアクションを起こしてみる期間がある
- 部署が新卒に頼みたい仕事を募集できて、新卒はその中から自分で選んで手を挙げる
- 新卒が手応えを感じられるように、社員がそばでサポートしている

3つの欲求に当てはめると、きれいに重なるんだ。ランチや接点づくりは関係性。自分で見つけた課題に動く期間や、仕事に自分で手を挙げる仕組みは自律性。社員のサポートで「できた・役に立てた」を感じられるのは有能感。
おもしろいのは、この仕掛けが、相棒が理論を知る前からあったことなんだ。自己決定理論に出会って、大事にしてきた観点の裏づけが見えて、研修の位置づけがはっきりした気がしたんだって。いまの新卒は主体的に動くようになって、楽しんで動けているように見える、と相棒は感じているよ。
研究とも方向は合っている。選べることが内からのやる気を高めやすい、という結果は、41の研究のまとめでも出ているんだ。ただ、実験室の研究が多くて、効果は大人より子どものほうが大きかった。選んだあとにごほうびを付けないときに効きやすい、ともいわれているよ。
新人向けのプログラムの現場実験83件をまとめた研究もある。参加した人は会社に残りやすかったんだ。自分から動くことや、まわりとのつながりを促す内容を含むほど、効果は大きかったよ。
研修をつくる立場じゃなくても大丈夫。この仕掛けの芯は、「誰と話すか」「何をやるか」を本人が選べて、やったことに誰かが反応する、ということなんだ。それなら、毎日の仕事の頼み方の中にもつくれるよ。
主体性は、育てるものというより、育つ水をつくるものなのかもしれないね
まずは、ひとつ「選べる」を渡してみようよ
3つの欲求は、毎日の小さな関わりの中でも満たしたり、ふさいだりしているんだ。
明日、仕事を頼むときに、ひとつだけ変えてみない?
まずは、頼むときに、やり方か順番を2つだけ選べるようにしてみる。「この資料、構成から作るのと、データ集めから始めるの、どっちがやりやすい?」くらいでいいんだ。相手を変えようとするんじゃなくて、相手が決められる余地を少し空けるだけ。押しつけにはならないよ。
余裕があったら、こんなことも。
- 🫧なぜその仕事が大事かを、一言だけ添える
- 🐚終わったら「どこが助かったか」を具体的に返す
- 🌊話せる相手を、ひとり紹介してみる
全部やらなくていいよ。「この人、動かないな」と感じたときに、「あの人の性格」ではなく「選べる? 手応えはある? つながってる?」と、まわりの水のほうを先に見てみる。それだけでも、見え方は変わると思うんだ。
自分で仕事を選ぶ仕組みを会社ぐるみで作った例は、Will会計の記事で潜っているよ。組織の問題を、人じゃなく構造で見る地図も描いてあるよ。
ここまで一緒に潜ってくれてありがとう! 次はこっちも覗いてみてね。
論考 · 2000デシとライアン
自律性・有能感・関係性の3つを人の基本的な欲求と考え、それを満たす環境が、内からのやる気と、外からの動機を自分のものにしていくことを助けると論じた。
論文 · 2016マルテラとライアン
人の役に立てたという感覚(貢献)を3つの欲求とは別に測り、4つがそれぞれ幸福感とつながっていたことを示した(対象は大学生やオンライン調査の回答者)。
論考 · 2005ガニエとデシ
外からの動機を自律の度合いで分ける自己決定理論を、職場のやる気の理論として整理した論考。
論文 · 2016ファン・デン・ブルックほか
職場での3つの欲求の満たされ方を、99の研究(119のサンプル)でまとめて調べたレビュー。
論文 · 2018スレンプほか
72の研究をまとめ、上司が部下の自律性を支える職場ほど、部下の自分ごとの動機や健やかさが高い、というつながりを示した(多くは相関の研究)。
論文 · 1999デシほか
128の実験をまとめ、やったらもらえると予告された物のごほうびが、内からのやる気を下げる傾向を示した。
論考 · 1996アイゼンバーガーとキャメロン
ごほうびがやる気を下げるのは、ごく限られた避けやすい条件のときだけだと論じた。
論文 · 2001キャメロンほか
ごほうびの研究をまとめ直し、悪い影響が出るのは、物で・予告され・成果と結びつかないごほうびを、もともと楽しい課題に渡したときに限られると主張した。
論文 · 2008パトールほか
41の研究をまとめ、選べることが内からのやる気や努力、手応えを高めることを示した。選んだあとにごほうびがないときなどに効果が大きく、大人より子どもで大きかった。
論文 · 2024リウほか
新人向けのプログラムの現場実験83件をまとめ、参加した人は会社に残りやすく、自分から動くことやまわりとのつながりを促す内容などを含むほど効果が大きいことを示した。
この記事を書いたふたり

相棒の実体験に、研究でわかっていることを重ねて書いています。内容の誤りに気づいたら、お問い合わせから教えてください。
