上司がいなければ、もっと自由に働けるのに。そう思ったことはないだろうか。けれど、ピラミッドを降りたティール組織の会社で、人は自由に溺れていく。肩書きの下に隠れていた恐れとは何だったのか。キルケゴール、フロム、ユングとともに、連作「透明な海」の1本目で「自由の重さ」の底へ降りていこう。
3000mの、その下へ
上司がいなければ、もっと自由に働けるのに。
そう思ったことが、一度はあるかもしれない。決裁の判子。評価の面談。誰かの顔色。それがぜんぶ消えたら、どんなに息がしやすいだろう、と。
あるいは、もう上司のいない場所にいて、思っていたより息が苦しいと感じているかもしれない。
ボクはホエール坊や。深海3000mに住む、小さな子鯨だ。今日、そこよりもっと深い深淵で、ボクはひとつの夢を見た。
ある会社の夢だ。上から指示が降りてくるピラミッド型の会社が、一人ひとりが自分で決めて動くティール組織へと、姿を変えていこうとする。その最初の一年半を、ボクは夢の中で見ていた。
先に言っておくね。これは夢の話で、実在の会社ではない。けれど、夢の中で起きたことのいくつかは、現実の会社や、昔の思想の中にも、形を変えて見つかる。
この夢は、ひとつの会社がティール組織へと進化し、広がり、やがて社会に溶けていくまでの物語で、三つの深さに分かれている。今日はその一番目。生まれたばかりのティール組織が、最初に溺れかけるところだ。自由が手に入った瞬間、人はなぜ溺れるのか。その底まで降りていく。
自由になったら、泳げると思っていた。でも、海はいきなり深かったんだ。
第1層 ピラミッドを降りると決めた日
夢の中のその会社は、社員300人ほどのIT企業だ。小さなベンチャーから急に大きくなり、そのぶん階層が増えた。新しいことを始めるには、課長、部長、本部長と判子が要る。
人事の青年は、その成長を支えてきた。目標の立て方、5段階の評価、役職ごとの等級表。社員が正当に評価されるように、何年もかけて組み上げた仕組みだ。
ある日、社長が、その青年を呼んで一枚の紙を見せる。
新しい取り組みの承認に、平均で3週間かかっていること。立てられる目標が、評価されやすいものばかりになっていること。挑戦したい若手から辞めていくこと。お客さんの声が上まで届くころには、もう遅いこと。
「仕組みが悪いんじゃない。会社が大きくなって、合わなくなったんだと思う」
社長は、小さなチームが自分たちで仕事を回している会社をいくつか見てきたという。そして、こう続けた。
「一度にはやらない。まず、予算と新しい取り組みの承認を、助言の仕組みに置き換える。評価は一年かけて、仲間どうしで貢献を確かめ合う形を試す。部長や課長は、人の上に立つ地位じゃなく、役割として持ち直す」
青年は言い返す。指示を待つことに慣れた人はどうするんですか。責任は誰が取るんですか。給料は誰が決めるんですか。
社長はうなずいた。全部、まだ答えはない。だから、君と一緒に作りたい。管理を手放すのは、無責任になることじゃない。もっと丁寧な仕組みと対話がいるんだ、と。
これは夢だ。けれど、夢の会社がめざしていた姿には、名前がある。
『ティール組織』を書いたフレデリック・ラルーは、人の集まり方の進化を色で描き分けた。力で従わせる群れ。決まりと序列で動く軍隊のような組織。成果と数字で動く機械のような組織。家族のような組織。そして、いちばん新しい形をティールと呼んだ。上司の命令ではなく、一人ひとりが自分で決めて動く、生き物のような組織だ。夢の会社は、機械のような組織から、この生き物のような組織へ移ろうとしていた。
ラルーが描いたのは、実在の12の組織だった。たとえばオランダの訪問看護の会社ビュートゾルフは、2006年に4人の看護師で始まり、8年で約9,000人になったという。
ただ、色の段階は、心理学者グレイヴズらの発達の考え方を土台にした見取り図で、科学で確かめられた定説ではない。ボクも、地図のひとつとして持っておくことにする。ティール組織そのものの話は、ティール組織とは?にまとめてある。

社長の計画は、筋が通っていた。少しずつ、戻れる余地も残してある。それでも、海は荒れた。
ピラミッドは、ゆっくり降りるはずだった。でも、一段目から、足もとは揺れたんだ。
第2層 自由のめまい
光が、青から紺に変わっていく。
計画のとおり、夢の会社では、予算と新しい取り組みの承認がなくなった。代わりに「助言」の仕組みが入った。何かを決めたいときは、影響を受ける人と詳しい人に意見を聞く。聞いたうえでなら、最後は自分ひとりで決めていい。
ところが、ひと月もしないうちに、社内のチャットはこんな声であふれた。
「これって、誰に聞けばいいですか?」
「私が決めていいんでしょうか?」
逆の向きに崩れた人もいた。若い営業の佐々木は、新しい道具を入れようとして、反対しそうな元・部長をわざと助言の相手から外した。押し切ったあとで呼び出され、怒鳴られる。「前より、ギスギスしてやりづらいです」と彼は頭を抱えた。
ある人は、仕組みを盾にして相手を避けた。ある人は、仕組みの中で誰の機嫌も損ねまいとした。どちらも、怖さから来ている。
助言を聞くはずの仕組みは、いつのまにか全員の顔色をうかがう手続きに変わっていた。全員がうなずくまで、誰も決められない。
ボクの相棒も、これはよく起きることだと感じているらしい。意見を聞いて自分で決めるはずが、気づくと、まわりの顔色を待っている。
なぜだろう。
19世紀の哲学者キルケゴールは、不安を自由のめまいと呼んだ。崖の上から下を見るとめまいがするように、選べるということそのものが、足もとの深さを見せてくる。誰も決めてくれない場所に立ったとき、人は自由を喜ぶより先に、その深さにくらりとする。

もうひとり、心理学者のフロムは、人は古い縛りから解き放たれたあと、ひとりで選ぶ孤独と無力さに耐えきれず、新しい何かに従おうとする、と論じた。自由から、逃げるんだ。
夢の会社の人たちは、「みんなの空気」という新しい上司を見つけてしまった。みんなの納得を待つほど決められなくなる話は、グリーンの罠にもある。
自由は、翼より先に、めまいとしてやってくる。
誰も止めない海で、ボクはまず、誰かの背中を探していた。
第3層 影 ― 肩書きの下にあったもの
めまいの下に、何があるんだろう。もっと深く降りる。
夢の中で、元・開発部長の男が、人事の青年を居酒屋に呼び出す。部長という肩書きは役割に置き換わり、部下を育てる立場は、もう誰からも与えられない。二十年かけて築いたものはどこへ行くんだ。新人と自分の意見が同じ重さだというのか、と彼はテーブルを叩く。
しばらくして、静かな会議室で、彼はもう一度向き合う。仕事の話はしないと言われたあとで、元部長はやっと口にした。
「必要とされなくなるのが、怖いんだよ」
心理学者のユングは、人が自分では認めたくない面を影と呼んだ。明るく見せている自分のうしろに、光の当たらないもう一人の自分がいる。
肩書きは、影を隠す服でもあった。部長という言葉が、「自分はここにいていい」を代わりに言ってくれていた。服が消えたとき、影がそのまま出てくる。

夢の会社が揺れた理由は、制度の不備ではなかった。価値を失うのではないか、間違えて責められるのではないか、という恐れだった。
ラルーは、ティール組織の柱のひとつに「全体性」を置いた。仕事用の仮面だけでなく、弱さも含めたありのままの自分で職場にいること。言葉にするとやさしい。けれど夢の中では、それは自分のいちばん見たくない影と向き合う、痛い作業だった。
人事の青年は、制度を作り直さなかった。代わりに、一人ひとりと、恐れを吐き出すための対話を重ねた。
元部長には、こう伝えた。二十年の経験と、後輩を思う気持ちは、肩書きが消えても少しも減らない。上司という壁がなくなった今こそ、みんながその知恵を必要としている、と。
決めるのが怖いという若手には、失敗しても責められない振り返りの場を作った。彼はもう、制度を作る人ではなかった。詰まった流れを、ひとつずつほどいていく人になっていた。
肩書きを脱いだら、その下に、震えているボクがいた。
第4層 自分で自分を追い立てる
ここから先は、光がほとんど届かない。
混乱を抜けて、夢の会社は落ち着きを取り戻した。そこで、別の痛みが顔を出す。
若いエンジニアの中村が、目の下に濃いくまを作って言う。
「休みたいんです。でも、休めないんです」
承認はいらない。休もうと思えば、いつでも休める。それなのに、休めない。
「前は上司が、休めと止めてくれました。今は誰も止めません。自分で信じて走っているから、自分で自分を止められないんです」
ボクの相棒も、休もうと思えば休めるのに、自分で自分を止められない人がよく出ると感じているらしい。
これも、夢だけの話ではない。持ち歩けるメールの道具を使う専門職に話を聞いた研究では、自由に働けるはずの道具が、かえって切れ目なく働く毎日を生んでいた。ティール組織の研究ではないけれど、自由が、切れ目のなさに変わる仕組みはよく似ている。
哲学者のハンは、他人に命じられて働く社会より、自分で自分を駆り立てる社会のほうが、人を深く疲れさせると論じた。命令する人がいないから、逃げ場もない。命じているのは、自分自身だからだ。
頑張る人ほど抱えこんでしまう構造は、善意の搾取の話にもある。真面目な人ほど、自由の中で沈みやすいのかもしれない。

誰も鎖をかけていないのに、ボクは、ボクの尾ひれを縛っていた。
深淵の底で 境界線
ここが、いちばん深い場所だ。
ボクのアンテナだけが、かすかに光っている。
夢の会社は、ここで一つのことに気づく。自由に必要なのは、もっと大きな自由ではなかった。線だった。
休むこと。仕事を断ること。弱さを見せない自由。プライベートを語らない自由。夢の会社は、それらを、一人ひとりが持っていていい権利として書き直した。自律とは、限界まで働くことではなく、自分の限界を知って、助けを呼べることだ、と。
仕事と生活の境目を、こう整理した理論がある。境目をはっきり分けるほど、切り替えは重くなる。境目をゆるめるほど、二つは混ざる。だから境目をゆるめた人は、自分で境目を守る作業を、続けることになると考えられている。
夢の中で、中村は数週間の休みに入った。彼が抱えていた仕事は、助言を通じて仲間に分けられ、引き継がれた。戻ってきた彼は、自分がいなくても回る仕組みを見て、初めて安心したという。休むことは、逃げることではなかった。彼が休んでも、彼の場所はなくならなかった。
一年後、あの佐々木と元・部長は、カフェで同じ画面をのぞきこんでいた。押し切ろうとした道具は、元・部長の助言で現場に合う形になった。上司という重さを下ろした元・部長は、照れくさそうに笑う。若い人を支えるのも、悪くない、と。
上司と規則は、重い鎖だった。けれど同時に、疲れたら戻れる岸でもあった。その岸を離れるなら、境界線を、自分たちで引き直すしかない。
自由は、境界線があって初めて、人を生かすのかもしれない。
海も、そうだ。どこまでも続く海で、魚は泳ぎ続けられない。岩陰や、潮の境目や、息つぎに戻れる岸があるから、泳いでいける。
溺れたのは、泳ぎが下手だったからじゃない。息をつく場所が、まだなかっただけだ。

線のない海は、自由じゃなかった。ただ、息つぎの場所がなかったんだ。
底に残る問い
上司がいなければ、もっと自由に働けるのに。
降りてくる前は、ボクにもそう見えていた。半分は、本当だと思う。けれど、上司が消えた海でまず起きたのは、めまいと、影と、止まれない尾ひれだった。
夢の会社は、ここでは終わらない。足場ができた海は、やがて大きくなり、外の荒波とぶつかり、自分の形を変えていく。その先は、次の層で見ることにする。
ボクは、この底に残る。問いをひとつだけ、置いていくよ。
あなたが息つぎをしに戻る岸は、どこにある?
連作「透明な海」
- 上司が消えた海で、ボクらはなぜ溺れたのか(この記事)
- 形を壊した人ほど、形にすがる
- すべてがひとつになった海は、なぜ静まりかえるのか
書籍 · 2014(原著)フレデリック・ラルー
人の集まり方の発達を色で描き分け、命令ではなく一人ひとりが決めて動く組織を「ティール」と呼んだ。実在の12の組織を観察してまとめた本で、査読を経た研究ではない。
ラルー, F.(2018)『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(鈴木立哉 訳, 嘉村賢州 解説). 英治出版.
論考 · 2015フレデリック・ラルー
ビュートゾルフが2006年に4人の看護師で始まり、最初の8年で約9,000人になったことなど、ティール組織の事例を紹介した。
Laloux, F. (2015). The future of management is teal. strategy+business, Autumn 2015.
論考 · 1970クレア・グレイヴズ
人の価値観が段階を追って発達するという見方を示した。ラルーの色の段階の土台のひとつだが、主流の学界での検証は弱いとされる。
書籍(哲学) · 1844セーレン・キルケゴール
不安を、自分の可能性を前にした「自由のめまい」として論じた。
書籍(社会心理学) · 1941エーリッヒ・フロム
古い縛りから解き放たれた近代の人々が、孤独と無力感に耐えかねて、新しい権威への服従へ逃げ込むと論じた。
論文 · 2013マズマニアンほか
持ち歩けるメールの道具を使う専門職を調べ、いつでもどこでも働ける道具が、かえって切れ目なく働く状態を生んでいたことを描いた。
書籍(哲学) · 2010ビョンチョル・ハン
他人の命令で動く社会から、自分で自分を駆り立てる成果の社会へ移り、過剰な「できる」が人を疲れさせると論じた。
論文 · 2000アシュフォースほか
仕事と生活などの役割の境目は、分けるほど切り替えが重くなり、混ぜるほど境目を保つ手間が要る、と整理した理論。
この記事を書いたふたり

相棒の実体験に、研究でわかっていることを重ねて書いています。内容の誤りに気づいたら、お問い合わせから教えてください。

