別班は実在するのか。報道と政府の否定のあいだで、答えはまだ出ていない。能動的サイバー防御が動き出したいま、ボクらは見えない守り手を信じられるのだろうか。VIVANTのような夢を入口に、ホッブズ、ユウェナリス、ベイアーとともに、連作「見えない戦争」の2本目で「見えない信頼」の底へ降りていこう。
3000mの、その下へ
VIVANT の別班みたいな人たちが、本当にどこかで守ってくれているんじゃないか。
日曜の夜、ドラマを観終えてニュースを開くと、「能動的サイバー防御」という言葉が目に入る。攻撃を受けた会社が、国に守ってほしいと頼んだらしい。画面の中の物語と、画面の外の出来事が、少しだけ重なって見える。
守ってくれる誰かがいるなら、心強い。でも、その誰かの顔は見えない。何をしているのかも、わからない。それを信じていいのか、少し落ち着かない。
ふりかえれば、ボクらはふだんから、そうやって暮らしている。蛇口の水を、検査せずに飲む。操縦席の顔を見ずに、飛行機に乗る。預けたお金を、数えに行かない。誰かが守ってくれている、と思っているからだ。
別班は、本当にいるのか。政府は「いない」と言い、「いる」と報じた記者もいる。ボクには、どちらとも決められない。だから今日は、その問いの奥へ降りてみる。
ボクはホエール坊や。深海3000mに住む、小さな子鯨だ。ふだんはここから、人の働く世界をそっとのぞいている。
ここから先は、深淵だ。ときどきボクは、光の届かないこの場所まで降りて、人間の奥にあるものを見つめにくる。
ボクには、人間の相棒がいる。このブログを一緒に書いている、人と組織のことを仕事にしている人だ。公式には、この数週間の事件がどこかの国の仕業だとは説明されていない。それでも相棒は、そのニュースの裏で、国どうしの見えない戦争が起きているんじゃないかと想像している。そして、その戦場には、ドラマ『VIVANT』で秘密の部隊を支える天才ハッカー、ブルーウォーカーのような誰かがいて、攻撃者と渡り合っているのかもしれない、とも。
その話を聞いてから、ボクは深淵で、続きものの夢を見ている。相棒が選んだテーマで AI が書いた物語で、出てくる会社も人も、実在しない。
これは、連作「見えない戦争」の二本目だ。通している言葉は「信頼」。一本目では、侵入者が正しいパスワードと権限を使って入りこみ、身代金の奥で、ひとつの国の暮らしを人質にとろうとしていた(その夜のことは一本目に書いた)。今日は、その戦場で守る側に立つ、見えない人たちの夢だ。
守られているかどうかを、ボクらはどうやって知るんだろう。
第1層 枷が外れた夜
ある夜、夢の中の政府の対策室で、ひとつの決定が下された。
それまで、この国の守りには枷がはめられていた。攻撃が来たら、自分の家の中で受け止める。壊されたところを直す。外へ手を伸ばして、攻撃の出どころを止めることは、許されていなかった。
その夜、枷が外された。攻撃者が足場にしている外のサーバーへ入り、動きを止めてよい。そう決まった。
国の監視の部屋のモニターに、それまで見えなかった道筋が、次々に浮かび上がる。攻撃者たちが身を隠すために経由していた、いくつもの中継の足場。夜番のアナリストが、静かに指示を出す。
「足場を一つずつ、つぶしていく。向こうが気づいて逃げる前に」
攻撃者の側も、黙ってはいなかった。こちらの手が伸びると、それをたどって、別の場所へ打ち返してくる。光より速いやりとりが、国境をこえて飛び交った。
やがて画面の多くが、緑に戻っていった。攻撃者の司令塔が、いくつも沈黙した。
これは夢だ。けれど現実でも、守りのかたちを変える法律が、動き出したばかりだ。
2026年10月1日、能動的サイバー防御の法律の大事な部分が施行された。攻撃に使われるサーバーに、警察や自衛隊が入り、無害化、つまり攻撃に使えないようにすることが、できるようになった。通信の情報を使う部分は、来年の秋からとされている。
その三週間あと、10月24日。不正アクセスを受けた GMO インターネットグループが、この能動的サイバー防御の適用を、国に緊急で求めたと発表した。発動されれば、法律が動き出してから初めての例になる、と報じられた。ただ、この法律に、民間の会社が発動を頼む手続きはない。動くかどうかを決めるのは、警察などの側だ。動いたという公式の発表は、ボクが調べた時点では、まだない。
一方で、この法律には、法案のころから、通信の秘密を侵さないか、攻撃元への無害化が他国への先制攻撃と見られないか、と問う声もあった。
十七世紀のホッブズは、人がなぜ国家をつくるのかを考えた。一人ひとりが自分の身を自分で守る世界は、互いを恐れつづける世界だ。だから人は、自分で守る力を手放して、ひとつの大きな力に預けるのだ、とホッブズは考えた。そのかわりに、守ってもらう。
ただ、ホッブズの「大きな力」には、顔があった。一人の人か、ひとつの会議か。誰に預けたのかは、わかっていた。
いまのボクらには、それも見えない。誰が、いつ、どう守ってくれたのか。確かめようがない。それでも、誰かが守ってくれている、と思っている。
第2層 別班は実在する?
夢の中の作戦室は、沸いていた。司令塔が落ちた。攻撃の次の波も、途中で止まった。
けれど、その部屋の外に、表に出てこない人たちがいた。ドラマ『VIVANT』に出てくる「別班」のような、どの組織図にも載らない部隊だ。その中に、ブルーウォーカーのような、若い天才ハッカーがいた。
ハッカーは、沈黙した司令塔の記録を眺めて、眉をひそめた。
「簡単すぎる」
あれほど辛抱強く入りこんできた相手が、こんなにあっさり居場所を明かすだろうか。記録をさらに奥までたどると、消えたはずの通信の陰で、別の静かな流れが見つかった。古い司令塔は、差し出されたおとりだった。こちらが反撃に夢中になっているあいだに、攻撃者たちは、電力の仕組みのいちばん深いところへ、最後の仕掛けを運びこんでいた。
部隊の人たちは、誰にも知らせずに動いた。作戦室の誰も、彼らの名前を知らない。ハッカーは、眠っている仕掛けを一つずつ見つけ、一つずつ外していった。
それでも、全部は間に合わなかった。
明け方、首都圏の大きな変電所のモニターが、真っ黒になった。
これは夢だ。
ドラマの別班は、つくられた組織だ。ただ、同じ名前は、現実のニュースにも出てくる。2013年に共同通信が、陸上自衛隊に秘密の情報部隊がある、と報じた。その記者は、のちに取材をまとめた本も書いている。けれど政府は、存在を否定してきた。2026年7月にも、防衛相が会見で「陸上自衛隊の『別班』といったような組織は、これまで存在しておらず、また現在も存在していません」と答えている。
その一方で、2026年10月には、元公務員の一人が「実在の組織だ」と証言した、という報道もあった。証言は一人のもので、ほかで裏づけられたわけではない。
本当はどうなのか。ボクにはわからない。ここで決めるつもりもない。
ただ、相棒は想像している。この見えない戦争にも、ブルーウォーカーのような誰かがいて、いまも攻撃者と渡り合っているのかもしれない、と。
その想像の隣に、およそ千九百年前のローマの詩人、ユウェナリスの一行を置いてみる。よく知られた言い回しで言えば、こうだ。
「誰が、見張りを見張るのか」
いまでは、国家や権力を見張る仕組みの話でよく引かれる言葉だ。けれど、もとの詩では、まるで違う場面に出てくる。妻を家に閉じこめて見張らせればいい、と勧められた男が、こうぼやくのだ。でも、その見張り番は誰が見張る? 見張り番が買収されたら、どうする。
見えない守り手を信じるとは、たぶん、この男と同じ場所に立つことだ。守る人を、ボクらは見張れない。見張れないまま、誰かが守ってくれている、と思うしかない。
それに、詩の中の見張り番は、守る相手を見張る人でもあった。見えない守り手もまた、ボクらを見ている側に立ちうる。

守っている人を、誰が見張るんだろう。
第3層 誰も信じられなくなった朝
夢は、数日飛んだ。
停電は、首都圏の一部で食い止められていた。物流も、病院も、最悪の全面停止はまぬがれた。誰もが、峠を越えたと思いはじめていた。
金曜日の朝、ネットの海に、これまでとは桁の違う量のデータが流された。いくつもの銀行やカード会社の、何百万人分もの口座の情報と、取引の記録。攻撃者たちの声明は、短かった。
「奪ったのは、お前たちの社会を支える信用のすべてだ。誰もが他者を疑い、仕組みを信じられなくなったとき、国は内側から崩れる」
その日の朝九時、株価は、記録にないほど落ちた。昼までに、銀行の ATM の前に、長い列ができた。
「全部引き出さないと、いつ消されるかわからない」
政府は会見を開き、預金は守られる、と繰り返した。けれど、その言葉は届かなかった。人々は、手元の画面に流れてくる噂のほうを信じた。
夢の中で、若いエンジニアがつぶやく。
「サーバーは止められても、これは止められない」
これは夢だ。現実の街に、この列はない。
ただ、この朝の仕組みには、名前がついている。1983年、経済学者のダイヤモンドとディビッグは、銀行の取り付け騒ぎを数式で描いた。銀行は、預かったお金の多くを貸し出している。だから、みんなが一度に引き出せば、どんな銀行も払いきれない。そして、「ほかのみんなが引き出すだろう」と予想するだけで、引き出すことが正しい選択になってしまう。銀行が健全かどうかに、かかわらずに。
銀行のための理論を、ボクは夢の朝に重ねてみる。夢の攻撃者たちは、仕組みを壊すより、信じる気持ちを崩すほうが早いと読んでいた。ダイヤモンドとディビッグは、預金を守るという約束があれば、この予想は断てるとも書いた。夢の朝に崩れたのは、その約束を信じる気持ちのほうだった。
では、信じるとは、そもそも何をすることなのだろう。
ニュージーランド生まれの哲学者ベイアーは、信頼をこう考えた。自分の大切なものを、相手の裁量に、つまり相手の判断にまかせること。相手がそれを損なうこともできる、と知りながら。信頼するとは、傷つきうる側に立つことなのだ、と。
夢の朝、ATM に並んだ人たちは、その逆をしていた。誰かが守ってくれている、と思っていたお金を、自分の目で確かめに走った。それも、全員が、同じ朝に。

深淵の底で 誰かが守ってくれている、と思っていた
ここまで降りてきて、ひとつの形が見えてきた。
ボクらの暮らしは、「誰かが守ってくれている」という思いの上に建っている。水道の水も、空の便も、銀行のお金も。ひとつずつ確かめていたら、一日が終わってしまう。確かめなくていいように、誰かが守ってくれている。そう思えることが、信頼なのだと思う。
見えない守り手は、そのいちばん極端な形だ。別班のような部隊も、ブルーウォーカーのようなハッカーも、守っていることさえ知らせない。手の内を明かせば、攻撃者にも読まれてしまうからだ。だからボクらは、守られたことにすら気づかない。
ふだん、それは困らない。何も起きない日には、守り手の顔が見えなくても、蛇口からは水が出る。けれど、ひとたび信頼が揺らぐと、「誰かが守ってくれている」は、急に「本当に、誰かいるのか」に変わる。
夢の朝、ATM に並んだ人たちが恐れていたのは、攻撃者よりも、そのことだったのかもしれない。守ってくれているはずの誰かが、見えない。だから、自分で確かめに行くしかない。そして全員が一度に確かめに行けば、どんなに健全な仕組みも、持ちこたえられない。
別班が本当にいるのかどうかは、ボクにはわからない。ただ、もしいたとしても、彼らはボクらに見えないまま動くだろう。そのとき、この戦争の行方を決めるのは、守り手の腕の強さだけではないのかもしれない。「誰かが守ってくれている」と思える力が、ボクらの側にどれだけ残っているか。それも、同じくらい効いてくるように、ボクには思える。
全部を任せきれば、誰が何をしているのかを、誰も見ていない力が生まれる。全部を確かめようとすれば、守られているのに、自分から列に並んでしまう。どこまでを任せて、どこを自分で確かめるのか。答えは、まだボクにもない。
底に残る問い
VIVANT の別班みたいな人たちが、本当にどこかで守ってくれているんじゃないか。
降りてくる前は、ボクにも、それはただ心強い想像だった。けれど深淵で見た夢には、名前のない守り手と、見張れない見張り番と、みんなが一斉に確かめに走った朝があった。
誰かが守ってくれている、と思えること。それは、思っていたより大きなものに支えられていて、思っていたより、もろい。
夢は、ここでは終わらない。信頼は、一度、音を立てて崩れた。でも、崩れたあとにしか見えないものがある。その先は、最後の夢で見ることにする。
ボクは、この底に残る。問いをひとつだけ、置いていくよ。
あなたが「誰かがやってくれている」と思っているものは、いくつあるだろう
連作「見えない戦争」
- サイバー戦争は、もう始まっている?
- 別班は実在する?(この記事)
- 壊れた信頼は、前より強くなれるのか(11月5日公開)
お金を信じる仕組みが消えた世界は、銀行が消えた世界で、ボクらは何を信じるのかで妄想した。ドラマ VIVANT の伏線の話は、VIVANTの伏線回収みたいににもある。
公的資料 · 2026内閣官房・内閣府
2026年10月1日から、官民連携の強化と、攻撃サーバー等へのアクセス・無害化措置が施行され、通信情報の利用は翌年秋から施行されると説明している。
内閣官房国家サイバー統括室・内閣府政策統括官(サイバー安全保障担当) (2026, September).「サイバー対処能力強化法等の施行について」.
報道 · 2026共同通信
GMO インターネットグループが不正アクセスを受け、国に能動的サイバー防御の適用を緊急要請したと発表したこと、発動されれば関連法の施行後初の案件になることを報じた。
共同通信 (2026, October 24).「GMO、サイバー防御を緊急要請 不正アクセス確認、適用なら初」. 熊本日日新聞.
報道 · 2025東京新聞
法案について、通信の秘密(憲法21条)を侵すおそれ、令状が不要になること、攻撃元への無害化が先制攻撃とみなされるおそれなどの懸念を伝えた。
東京新聞 (2025, March 22).「憲法上、許されるのか…『能動的サイバー防御法案』の危うさと怪しさ 識者は警告『国家の在り方が変わりうる』」.
書籍(古典) · 1651トマス・ホッブズ
人々が互いの恐れから逃れるため、自分を守る力を一人の人間か合議体に預け、そのかわりに保護を受けるという、コモンウェルスの成り立ちを論じた。
Hobbes, T. (1651). Leviathan, Part II, Chapter 17.(邦訳『リヴァイアサン』永井道雄・上田邦義訳, 中公クラシックス, 2009)
書籍(報道) · 2018石井暁(共同通信)
2013年に「別班」を報じた共同通信の記者が、陸上自衛隊の非公然の情報部隊について取材を重ね、その実体に迫ろうとした本。
報道 · 2026J-CASTニュース
2026年7月28日の閣議後会見で、防衛相が「別班」のような組織は、これまで存在しておらず、現在も存在していないと答えたと報じた。
J-CASTニュース (2026, July 29).「小泉進次郎防衛相、ドラマ『VIVANT』の秘密組織『別班』は実在するかに回答は ファンも注目」.
報道 · 2026文春オンライン
元公務員の一人が、別班を「実在の組織」と証言したと伝えた。2013年に政府が答弁書で存在を否定したことにも触れている。証言は一人によるもの。
牧野愛博 (2026, October 25).「《関係者が明かす『別班』のリアル》ノーピストル、ノーパスポート、普段は『小さな会社の会社員』…」. 文春オンライン.
古典(詩) · 2世紀初めユウェナリス
妻を見張らせればよいと勧められた男が「見張り番は誰が見張るのか」と返す場面に、のちに有名になる一行が出てくる。後世の挿入とする説もある。
Juvenal. Satires, VI, 347–348.(邦訳 国原吉之助訳『ローマ諷刺詩集』岩波文庫, 2012)
論文(理論モデル) · 1983ダイヤモンドとディビッグ
銀行の預金契約には、みんなが引き出すと予想するだけで取り付けが起きる均衡があり、健全な銀行でも倒れうることを示した。預金保険などで防げるとも論じた。
論文(哲学) · 1986アネット・ベイアー
信頼を、自分の大切なものを相手の裁量にゆだね、相手がそれを損ないうることを受け入れることとして分析した。
Baier, A. (1986). Trust and antitrust. Ethics, 96(2), 231–260.
この記事を書いたふたり

相棒の実体験に、研究でわかっていることを重ねて書いています。内容の誤りに気づいたら、お問い合わせから教えてください。
