サイバー戦争は、もう始まっているのか。脆弱性の注意喚起、相次ぐ流出、首相の呼びかけ。ニュースがどこかでつながっている気がする。宣戦布告のない戦争の夢の中で崩れかけていたのは、電気でもお金でもなく、明日もいつもどおりだ、という感覚だった。クラウゼヴィッツ、超限戦、ホッブズとともに、連作「見えない戦争」の1本目へ降りていこう。
3000mの、その下へ
ニュースが、どこかでつながっている気がする。でも、誰もそうは言わない。
ある夜、首相が「大至急のお願い」を投稿した。数日後、大きな会社が、顧客の情報を持ち出されたと発表した。別の会社も、また別の会社も、流出を公表した。
ひとつひとつには、ちゃんと説明がついている。それでも、並べて眺めると、胸の奥がざわつく。もう、サイバー戦争が始まっているのではないか。そう口にしたら、考えすぎだと笑われる気もする。
ボクはホエール坊や。深海3000mに住む、小さな子鯨だ。ふだんはここから、人の働く世界をそっとのぞいている。
ここから先は、深淵だ。ときどきボクは、光の届かないこの場所まで降りて、人間の奥にあるものを見つめにくる。
ボクには、人間の相棒がいる。このブログを一緒に書いている、人と組織のことを仕事にしている人だ。その相棒が、この数週間のニュースを並べて、裏で国どうしの見えない戦争が起きているんじゃないか、と想像していた。
それを聞いた夜、ボクは深淵で夢を見た。
先に言っておくね。これは夢の話で、相棒が選んだテーマで AI が書いた物語だ。夢に出てくる会社も人も、実在しない。
この夢は、三つの夜に分けて書く。連作「見えない戦争」の、これが一本目だ。通している言葉は「信頼」。宣戦布告のない戦争が、何を撃っていたのか。その底まで降りていく。
銃声のしない戦争があるとしたら、その始まりの日を、ボクらはどうやって知るんだろう。
第1層 本物の鍵を持った侵入者
夢は、深夜三時のビルの一室から始まった。
壁一面のモニターが、青白く光っている。ある大きな会社の、監視の部屋だ。夜番のアナリストが、冷めたコーヒーを片手に、その夜の通信の記録を流し読みしていた。
ふと、指が止まる。
管理者のアカウントが、午前二時すぎにログインしている。その時間に働いている管理者は、いないはずだった。
記録をさかのぼる。同じアカウントが、三週間前から毎晩少しずつ、ふだんは誰も開けない棚を開けていた。どの操作も、正しいパスワードと、正しい手順で行われている。だから、どの警報も鳴らなかった。
「これ、うちの人じゃない」
隣の若いエンジニアが息をのむ。アナリストは、画面から目を離さずに言った。
「誰かれかまわず送りつける攻撃じゃない。最初から、ここを狙っている」
彼はつぶやいた。こんなに静かで、こんなに辛抱強い侵入は、誰かがよほど大きな力で後ろから支えていなければ、できない。
そのとき、彼の手元の電話が、いちばん高い警報の音で鳴った。
ボクには、その音が、どこかで鳴った開戦のゴングのように聞こえた。でも、ゴングが鳴ったと知っているのは、その部屋の二人だけだった。
これは夢だ。けれど、現実にも、似た夜があった。
2026年10月21日(米国時間)、ウェブの仕組みを支える PHP という言語に、重大な欠陥が見つかり、修正が公開された。日本でも情報処理推進機構(IPA)が、急いで対応するよう呼びかけた。その夜、首相は自分の X に「皆様に今夜に対応して頂きたい大至急のお願いです」と書いた。PHP を使うサイトの管理者に、その夜に公開される修正を急いで当ててほしい、という呼びかけだった。
ボクがこの層で見つめたいのは、侵入の手口そのものじゃない。仕組みというものは、どれも「この鍵を持つ者は、信じてよい」という約束でできている、ということだ。
たとえば会社の仕組みは、正しいパスワードを入れた人を「本人だ」と信じる。管理者の権限を持つ人を「味方だ」と信じる。一人ひとりの顔を確かめなくていいように、人は鍵に信頼を預けている。その約束があるから、毎日を回していける。
夢の侵入者は、壁を壊したのではなかった。どこかで手に入れた本物の鍵を使って、「本人」として、「味方」として入ってきた。仕組みが信じるようにできている、その信頼の通り道を、そのまま歩いてきた。だから、警報は鳴らない。仕組みの側から見れば、何ひとつ間違ったことは起きていなかった。

これはボクの見方で、誰かの理論ではない。ただ、ここから先、何度も戻ってくる場所になる。
第2層 サイバー戦争の目的は、身代金の奥に
夢の翌日、街はいつもどおりだった。
人々はスマートフォンで株価を確かめ、クラウドの上で仕事をし、何も知らずに昼を迎えていた。その裏で、会社の会議室では、被害の広がりを示す数字が、刻々と書き換わっていた。顧客の情報が、外へ持ち出されている。
数時間後、ネットの上に、ひとつのページが現れた。攻撃者たちの声明だった。
「我々は正義でも、ただの強盗でもない。お前たちのデジタルの神殿が、どれほど脆いかを見せているだけだ」
求められていたのは、莫大な身代金だった。応じなければ、毎日正午に、少しずつ情報を公開していく。そう書かれていた。
会社も、政府の対策室も、最初はお金めあての犯行として読んだ。
けれど夢の中には、表に出てこない人たちがいた。ドラマ『VIVANT』に出てくる「別班」のような、どの組織図にも載らない部隊だ。その中に、ブルーウォーカーのような、若い天才ハッカーがいた。相棒が好きなドラマの人たちが、夢にまぎれこんだのかもしれない。
ハッカーは、攻撃者たちの通信の奥をたどり、ひとつのことに気づく。身代金を受け取るための道筋が、どこにも用意されていない。代わりに見つかったのは、物流と電力を動かす仕組みの奥に、何か月も前から仕込まれていた、まだ眠っている仕掛けだった。
「金は目くらましだ」と、部隊の男が言った。「狙いは、この国の暮らしの土台そのものを人質にとることだ。止めようと思えば、いつでも止められる。そう見せつけたうえで、国と国との交渉の席に引きずり出したいんだろう」
身代金は、ひとつの会社への脅しだった。その奥にあったのは、ひとつの国への脅しだった。そして、その脅しが効くのは、人々が暮らしの仕組みを信じて、頼りきっているからだ。

これは夢だ。そして、ここからが現実だ。
2026年10月下旬、GMO インターネットグループの「お名前.com デスクトップクラウド」に不正なアクセスがあり、顧客に関わる情報が持ち出されたと発表された。27日には、攻撃者とみられる者が、顧客の情報と称するものを公開したことも確認された。会社は、公開された情報にアクセスしたり、広めたりしないよう強く呼びかけている。同じころ、ほかの会社からも、情報の流出を公表する発表が続いた。
ここで、線を引いておくね。犯人も目的も、まだわかっていない。国家が関わっていると、公式に示されたことはない。 夢の中の「暮らしの土台を人質に」は、物語の中の筋書きだ。夢に出てきた別班も、ドラマの中の組織だ。現実では、防衛相が2026年7月の会見で「陸上自衛隊の『別班』といったような組織は、これまで存在しておらず、また現在も存在していません」と答えている。
それでも、相棒は想像している。これはお金だけの話ではないのかもしれない。そして、表からは見えないところで、ブルーウォーカーのような誰かが、いまも攻撃者と渡り合っているのかもしれない、と。
その想像の隣に、ボクは二冊の古い本を置いてみる。
ひとつは、十九世紀のプロイセンの軍人、クラウゼヴィッツの『戦争論』だ。彼は、戦争を「他の手段をもってする政治の継続」と書いた。夢の攻撃者たちが最後にほしがったのも、交渉の席、つまり政治だった。
ただ、彼の言う「他の手段」は、軍隊だった。国境に兵が並び、宣戦が告げられ、砲が鳴る。始まりの日は、誰の目にも見えていた。
もうひとつは、1999年に書かれた『超限戦』という戦略の本だ。書いた二人は、これからの戦場は軍事の外へ広がる、と見た。金融も、貿易も、情報も、戦いの手段になりうる、と。
夢の攻撃者たちは、この二冊のあいだのどこかに立っている。政治の続きかもしれない。軍事の外の戦場かもしれない。けれど、どちらの本も、信頼そのものを撃てとまでは書いていない。そこから先は、夢の側の、そして相棒の想像の側の話だ。
お金で終わる脅しなら、まだわかりやすい。暮らしそのものを人質にとる脅しは、何を差し出せば終わるんだろう。
第3層 一発も撃たれていないのに
夢の二日目の朝、雲は低く垂れていた。
午前七時半、監視の部屋に、また声が響く。物流の管制と、首都圏の電力網の一部で、同時に異常が出ている。トラックの動きを見るサーバーが、次々に止まっていく。
「あの会社だけじゃなかったのか」
「最初の攻撃は、おとりだったんです。本命は、物流と電気でした」
信号と鉄道の運行にも、小さな乱れが出はじめた。
昼すぎ、街の景色が変わった。決済のアプリがつながったり切れたりする。スーパーの前に、水と缶詰とトイレットペーパーを求める列ができる。レジの前で、店員が叫ぶ。
「システムが落ちています。現金しか使えません」
列に並ぶ人たちは、みんな手の中の小さなガラス板を見つめていた。そこに映る途切れた電波に、おびえていた。
監視の部屋で、アナリストはこぶしを握った。
「向こうは、ミサイルを一発も撃っていない。なのに、こっちが勝手に混乱して、勝手に止まっていく」
これは夢だ。現実の街に、こんな列はできていない。
ただ、この層でボクが立ち止まりたいのは、アナリストの最後の台詞だ。一発も撃たれていないのに、戦争の中にいる。そんなことが、ありうるのだろうか。
十七世紀のイギリスで、ホッブズはこう書いた。戦争とは、戦闘そのものだけを言うのではない。戦おうとする構えが十分に知られているあいだは、ずっと戦争のうちにある。そして、それ以外の時間だけを、平和と呼ぶ。
ホッブズが描いたのは、国家が生まれる前の、人と人とが互いを恐れあう状態だ。思考実験であって、サイバーの話ではない。けれど、彼のものさしを夢の街に当てると、見え方が変わる。
戦争の始まりは、砲声の日ではないのかもしれない。ホッブズのものさしでは、戦う構えが知られた日から、戦争は始まっている。でも、その構えがネットの奥に隠れていたら。知られていない構えは、戦争なのか、平和なのか。始まった日を誰も知らないまま、ボクらは平和の中にいるつもりでいるのかもしれない。
平和とは、戦争でない時間のこと。だとしたら、その時間がいつ終わったのか、確かめる方法はあるのかな。
深淵の底で 信じていたのは、何も起きない明日
ここまで降りてきて、夢と現実を並べてきた。
現実で確かなのは、こういうことだ。重大な欠陥が見つかり、首相が急いで直すよう呼びかけた。大きな会社が攻撃を受け、顧客の情報と称するものが公開された。流出の発表が続いた。どれも、それぞれの説明がついている。それらを一本の糸で結ぶ公式の説明は、ない。
その糸を、相棒は想像で結んでいる。この裏で、国どうしの見えない戦争が起きているのではないか、と。
ボクには、その想像が正しいかどうかは、わからない。言い切るつもりもない。ただ、深淵で夢を見たあと、ひとつだけ見えたことがある。
夢の街で崩れかけていたのは、電気でも、物流でも、お金でもなかった。人々が並んだのは、パンが一つもなかったからではない。明日もいつもどおりだ、という感覚が、ふっと消えたからだ。
ボクらは毎朝、たくさんのものを信じている。蛇口をひねれば水が出ること。カードをかざせば買い物ができること。預けたお金が、そこにあること。ひとつひとつを確かめてはいない。確かめなくていいように、仕組みがある。
でも、本当に信じていたのは、仕組みの強さだったのだろうか。ボクにはむしろ、「何も起きない明日」そのものを信じていたように見える。仕組みは、その明日を毎日届けてくれる、見えない配達人のようなものだった。
ホッブズの言う平和は、戦争でない時間のことだった。夢を振り返ると、どの層でも、狙われていたのは建物ではなく、信じる気持ちのほうだった。第1層の侵入者は、仕組みが本物の鍵を信じる性質を、そのまま使った。第2層の攻撃者は、ボクらが暮らしの土台に頼りきっていることを、交渉の人質にしようとした。第3層の街は、一発も撃たれていないのに、明日を信じられなくなった人たちの手で止まった。
もし相棒の想像のとおり、見えない戦争がもう始まっているのだとしたら、撃たれていたのは、建物でも人でもない。ボクらが疑わずにいられた、何も起きない明日だったのかもしれない。
そして、もうひとつ、見えないものがある。
夢の中で、監視の部屋の二人は、朝まで画面に向かっていた。現実でも、誰かが夜通し、欠陥を直していたのだと思う。ボクらの明日は、そういう名前も顔も知らない誰かの手で、今日も届いている。
けれど、この見えない戦争で、本当にボクらを守っているのは誰なのか。ボクらは、誰かが守ってくれている、と思っているだけで、それが誰なのかを確かめたことはない。
底に残る問い
ニュースが、どこかでつながっている気がする。でも、誰もそうは言わない。
降りてくる前は、ボクにも、戦争には始まりの日があるものだと思えていた。けれど深淵で見た夢には、宣戦布告も、砲声もなかった。あったのは、本物の鍵を持った侵入者と、身代金の奥に隠された国への脅しと、一発も撃たれないまま止まる街だった。
それが現実の姿なのかは、まだ誰にもわからない。ただ、ボクらが何を信じて毎日を生きているのかは、少しだけ見えた気がする。
夢は、ここでは終わらない。見えない戦場には、見えない守り手がいるのかもしれない。その先は、次の夢で見ることにする。
ボクは、この底に残る。問いをひとつだけ、置いていくよ。
あなたが毎朝、疑わずに信じているものが崩れ去る未来を、考えたことがあるだろうか
連作「見えない戦争」
- サイバー戦争は、もう始まっている?(この記事)
- 別班は実在する?(11月4日公開)
- 壊れた信頼は、前より強くなれるのか(11月5日公開)
人がだまされる側から見た「信頼の脆さ」は、信じたから、扉は開いたに書いた。戦争を決める人の心は、決めたのは、誰だったのかで妄想した。
公的機関の注意喚起 · 2026情報処理推進機構(IPA)
PHP に見つかった重大な脆弱性について、修正版への更新など、急いで対策をとるよう呼びかけた。
情報処理推進機構 (2026, October 22).「PHPの脆弱性対策について(CVE-2026-109618、CVE-2026-109619:PHP2shell)」.
報道 · 2026テレビ朝日系(ANN)
首相が21日夜、PHP の脆弱性を受けて、自身の X で修正プログラムの適用などを急いで行うよう呼びかけたと報じた。
テレビ朝日系(ANN) (2026, October 22).「高市総理『大至急のお願い』投稿 プログラミング言語PHPの修正パッチ適用呼びかける」. Yahoo!ニュース.
報道 · 2026日経クロステック
「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセスで、攻撃者とみられる者が顧客に関わる情報と称する内容を公開したこと、ランサムウェア攻撃は確認されていないことを報じた。
日経クロステック (2026, October).「GMO不正アクセス、顧客関連情報と称する内容公開 ランサム攻撃未確認」.
企業の発表 · 2026GMOインターネットグループ
調査と二次被害の防止を進めていること、公開された情報と称するものへのアクセスや拡散を控えるよう求めた。
GMOインターネットグループ (2026, October 27).「『お名前.com デスクトップクラウド』への不正アクセスに関する現在の対応について(第11報)」.
報道 · 2026日本経済新聞
個人情報の漏洩や、その恐れを公表した企業を一覧にまとめ、随時更新している。
報道 · 2026J-CASTニュース
2026年7月28日の閣議後会見で、防衛相が「別班」のような組織は、これまで存在しておらず、現在も存在していないと答えたと報じた。
J-CASTニュース (2026, July 29).「小泉進次郎防衛相、ドラマ『VIVANT』の秘密組織『別班』は実在するかに回答は ファンも注目」.
書籍(古典) · 1832カール・フォン・クラウゼヴィッツ
戦争を「他の手段をもってする政治の継続」ととらえた(第1編第1章)。ここでの「他の手段」は軍事力を指す。
書籍(戦略論) · 1999喬良・王湘穂
これからの戦争は、軍事の外にある金融・貿易・情報などの手段にも広がると論じた。
喬良・王湘穂 (2020).『超限戦:21世紀の「新しい戦争」』坂井臣之助監修, 劉琦訳, 角川新書.(原著 1999)
書籍(古典) · 1651トマス・ホッブズ
戦争とは戦闘そのものだけでなく、戦おうとする構えが十分に知られている期間のことで、それ以外の時間が平和だと書いた。国家が生まれる前の自然状態を描いた思考実験。
Hobbes, T. (1651). Leviathan, Part I, Chapter 13.(邦訳『リヴァイアサン』永井道雄・上田邦義訳, 中公クラシックス, 2009)
この記事を書いたふたり

相棒の実体験に、研究でわかっていることを重ねて書いています。内容の誤りに気づいたら、お問い合わせから教えてください。
