新しいやり方も、結局また元に戻るのかな。ティール組織へ進化した会社も、大きくなり、創業者を見送るうちに、自由そのものが型になっていく。形を壊した人ほど、形にすがるのはなぜなのか。ウェーバー、老子、ヘラクレイトスとともに、連作「透明な海」の2本目で「形」の底へ降りていこう。
3000mの、その下へ
新しいやり方も、結局また元に戻るんだろうな。
職場に新しい制度や手法が入るたびに、そう思ったことがあるかもしれない。最初は熱があって、やがて形だけが残って、いつのまにか元に戻る。
ボクはホエール坊や。深海3000mに住む、小さな子鯨だ。前の層で、ボクはある会社の夢を見た。ピラミッド型の会社が、一人ひとりが自分で決めて動くティール組織へ進化しようとして、最初の一年半で溺れかけた夢だ。その会社は、境界線という足場を作って、息つぎに戻れる岸を、なんとか見つけた(上司が消えた海で、ボクらはなぜ溺れたのか)。
今日は、その続きを見る。
先に言っておくね。これは夢の話で、実在の会社ではない。けれど、夢の中で起きたことのいくつかは、現実の会社や、昔の思想の中にも、形を変えて見つかる。
この夢は、ひとつの会社がティール組織へと進化し、広がり、やがて社会に溶けていくまでの物語で、三つの深さに分かれている。今日はその二番目。足場を得た会社が大きくなり、創業者を見送り、自分の形さえ手放していく数十年だ。形を壊した人は、なぜまた形にすがるのか。その底まで降りていく。
足場ができた海は、そこで止まらなかった。海は、広がりはじめたんだ。
第1層 大きくなるほど、小さく分ける
夢の会社が作った小さな道具が、思いがけず売れはじめる。海外から大きな仕事が来て、投資の話も舞い込んだ。
投資家は条件を出した。四半期ごとに目標の数字を決めること。大事なことは取締役会で決めること。
同じころ、外から人が大勢入ってきた。この会社では、何かを決めたい人が、関わる人と詳しい人に意見を聞き、そのうえで自分で決める。「助言」と呼ばれる仕組みだ。前の会社で成果を出してきた営業のエースは、首をかしげる。「助言なんて回していたら、チャンスを逃しますよ」
人が500人を超えると、助言の投稿は一日に数百件になった。誰も全部は読めない。聞いた、聞いていない、の行き違いが増えていく。
社長は、変化を支えてきた人事の青年と、ふたたび夜の社長室で向き合った。やっぱり、普通の会社に戻るしかないのか。
人事の青年は言った。大きくなるから壊れるんです。生き物は、大きくなるとき、ひとつの塊のままではいない。分かれるんです、と。
夢の会社は、10人から20人ほどのチームに分かれた。チームごとにお金の出入りを持ち、チームどうしは、お互いに仕事を頼み合う約束で結ばれる。投資家には、命令ではなく助言の役を頼んだ。そのかわり、数字は毎月すべて開いて見せる。四半期を待たずに、どのチームの数字もいつでも見える。投資家は迷ったすえに、それを条件に話に乗った。
営業のエースは、新しい市場を切り開くチームの言い出し役になった。けれど自分のチームの数字だけを追い、ベテランの元部長の警告さえ払いのける。そんなエースを、人事の青年は道具を使ってくれている介護の事業所へ連れていった。職員が笑って定時に帰れるようになった、と聞いて、エースは黙って元部長の机へ向かった。
これは夢だ。けれど、現実の組織もよく似た道を選んできた。前の層で見たオランダのビュートゾルフは、看護師が10〜12人ほどのチームで動いていたという。中国の家電メーカー、ハイアールは、2005年ごろから会社を数多くの小さな事業体に分けてきた。

大きくなるとき、自分を分けることを選んだ組織がある。細胞のように。
ひとつの大きな群れより、たくさんの小さな群れのほうが、速く泳げるみたいだ。
第2層 最後の重力 ― 創業者という重さ
光が、青から紺に変わっていく。
チームに分かれても、夢の会社には、消えない重さがひとつ残っていた。
「社長がそう言うなら」
「社長ならどうするか」
社員たちは、自分で決めているつもりで、最後は創業者の顔を思い浮かべていた。社長が何気なく口にした一言が、どのチームでも、命令のように受け取られてしまう。
ある秋の夕方、社長は人事の青年に言った。
「僕がいる限り、この会社は本当の意味で自分で立てないと思う。二年かけて、代表を降りる」
社内は揺れた。営業のエースは、投資家は社長を見てお金を出しているんですよ、と食い下がった。元部長は、迷ったときは社長ならどうするかを道しるべにしてきた、それが消えたらどこへ向かえばいいんだ、とつぶやいた。次の社長を外から呼べ、という声も上がった。
けれど社長は、誰かを次のトップに据えれば、また同じ重さが生まれると考えていた。
社長は急がなかった。代表の役は、法律や財務や約束ごとを守る役として、三人に分けて引き継いだ。三人は命令しない。守る役だ。新しい取り組みを始めた人がその場を去るときは、思いを次の人へ渡す対話の場を開くことにした。
ここは、夢の中でいちばん、現実の重さに触れる場面かもしれない。
ラルーは、ティール組織のやり方を続けるのに欠かせない条件は二つだけだと書いた。トップと、会社を持つ人が、この考え方を心から受け入れていること。そして、彼が調べた組織のうち二つは、トップか持ち主が替わったあと、元の経営に戻ったという。一人の著者の観察だけれど、現実では、トップが去ることは、元に戻るきっかけにもなってきた。
社会学者のウェーバーは、人を惹きつける強い力(カリスマ)を持つ人が去ると、その力は、規則や制度へ移っていくと考えた。カリスマは、日常の形になって残る。
だから夢の会社は、現実の組織がつまずいたところを、別の道で越えようとした。創業者の重さを、ひとりの後継者ではなく、仕組みと対話に移すことで。

いちばん大きな鯨がいなくなったあと、群れは、どっちへ泳げばいいんだろう。
第3層 器を手放す
もっと深く降りる。創業者がいなくなった海で、何が起きたのか。
創業者が去って何年かが過ぎたころ、営業のエースがひとつの提案を出す。今度は、助言の手続きを守って。
「この会社を、たたみませんか」
エースのチームは、海外の団体や自治体と直接組んで仕事をしていた。けれど、ひとつの会社の中にいることで、契約もお金の集め方も、かえって窮屈になっていた。
提案はこうだ。チームはそれぞれ独立した会社や団体になる。会社の名前は、法人の名前としてではなく、同じ約束を交わした仲間のつながりを呼ぶ名前として残す。
最初のような混乱は、もう起きなかった。みんな、長い対話を通じて、会社という箱と、自分たちのつながりは別のものだと知っていたからだ。人事の彼は最後の仕事として、半年かけて資産を分ける段取りを整えた。株主だった投資家とも話し合い、持ち分は新しい会社や団体へ分けて引き継いだ。すべてが終わった日、評価のシートが入っていたサーバーのデータは、静かに消された。
現実には、会社をたたんだわけではないけれど、会社の持ち方を手放した例がある。アウトドア用品のパタゴニアは2022年、創業家が会社の持ち分を手放した。決める力のある株は会社の目的を守るための信託へ、利益を受け取る株は環境の団体へ。発表の言葉は「地球が、ただ一人の株主になった」だった。

二千年以上前、老子はこう書いた。器は、中が空っぽだから役に立つ。家は、窓や戸口の空いたところがあるから住める。
会社もまた、器だった。中身は、器そのものではなかった。
入れ物をこわしても、中の水は、どこかへ流れていく。
第4層 型になった自由
ここから先は、光がほとんど届かない。
十数年が過ぎた。夢の中で、あの会社のやり方は有名になっていた。助言の仕組み。弱さも含めて話す対話。分かれたチーム。それらはひとつの「型」として名前をつけられ、教科書に載り、研修やコンサルティングとして売られるようになった。
かつての人事の青年のもとに、海外の若い経営者がやってくる。彼は誇らしげに画面を見せた。
「助言の流れと、目的にどれだけ合っているかを、AIが点数にします。人が迷う隙も、恐れる隙もありません。完璧な、あの会社のやり方です」
かつての青年は、静かに聞いた。社員が弱さや不安を打ち明けたら、この仕組みは、何点をつけるんですか。
「生産性を下げるノイズとして見つけて、心のケアのタスクを自動で出します」
自由のための形が、いつのまにか、新しい管理の形になっていた。
これも、夢だけの話ではないのかもしれない。ティール組織を調べた研究ではないけれど、経営のやり方にも流行があり、広める人たちの手で広がって、やがて廃れていく、と論じた研究者がいる。
上司を外したチームを、一社で長く観察した研究もある。そこでは、仲間どうしで作った決まりが、もとの上司と規則による縛りより強く、人を縛るようになっていった。
前の層で見た「みんなの空気」という新しい上司が、ここでは仕組みの顔をしている。

形を壊した人ほど、壊したあとの形に、すがりやすいのかもしれない。それが自由の形をしていると、なおさら、すがっていることに気づきにくい。監視と見守りの境目の話は、見守りと監視は、同じ目をしているにもある。
自由の型にはまっているうちは、ボクらは、まだ自由じゃないのかもしれない。
深淵の底で 川と水
ここが、いちばん深い場所だ。
ボクのアンテナだけが、かすかに光っている。
「同じ川に、二度入ることはできない」。古代ギリシャのヘラクレイトスの言葉として、よく知られている。けれど実は、これは後の時代の人の言いかえで、本人の言葉に近いと考えられているのは、こうだという。
同じ川に入る者には、次々に別の水が流れてくる。
川は、川のままだ。名前も、岸の形も、そう変わらない。それでも、流れている水は、一瞬ごとに入れ替わっている。ボクには、この言葉がこう聞こえる。川が川であるのは、形を保っているからではなく、水が流れつづけているからだ、と。

夢の会社は、ピラミッドを壊し、チームに分かれ、創業者を見送り、会社という器まで手放した。形を、何度も変えてきた。そのたびに残ったのは、形ではなく、流れだった。人と人が、恐れながらも向き合って、話しつづけること。
けれど遠い未来、その流れはひとつの「型」に固められ、売られ、点数をつけられる。水を守ろうとして、川をせき止めてしまうように。
形が悪いわけではない。器がなければ、水は運べない。ただ、器を守ることと、水を流しつづけることは、同じではないのかもしれない。
器を抱きしめすぎると、中の水は、だんだん止まっていく。
底に残る問い
新しいやり方も、結局また元に戻るんだろうな。
降りてくる前は、ボクにもそう見えていた。戻ってしまうのは、たぶん、形が古いからではない。新しい形にも、ボクらはすがってしまうからだ。
それでも夢の会社では、形が変わるたびに、人と人が話しつづける流れだけは残っていた。戻ったように見えるときも、流れまで消えたとは限らない。
夢は、まだ終わらない。形がすべて溶けた先の海で、人は何を見つけるのか。それは、次の層で見ることにする。
器は、会社かもしれない。チームや、決まりごとや、自分の肩書きかもしれない。川もまた、水を通すための、細長い器だ。
ボクは、この底に残る。問いをひとつだけ、置いていくよ。
あなたが抱えているその器に、いま、水は流れている?
連作「透明な海」
- 上司が消えた海で、ボクらはなぜ溺れたのか
- 形を壊した人ほど、形にすがる(この記事)
- すべてがひとつになった海は、なぜ静まりかえるのか
論考 · 2015フレデリック・ラルー
ティール組織のやり方を続けるのに欠かせない条件は、トップと所有者の世界観の二つだと述べ、調べた組織のうち AES と BSO/Origin が、トップか所有者の交代後に従来の経営に戻ったことを紹介した。
Laloux, F. (2015). The future of management is teal. strategy+business, Autumn 2015.
論文 · 2018フライナスほか
階層型の製造企業だったハイアールが、会社を多数の小さな事業体に分け、変化に速く応える形へ移っていった過程を描いた事例研究。
書籍(社会学) · 1922(原著)マックス・ウェーバー
支配のかたちを分類し、カリスマを持つ人が去ったあと、その力が規則や制度へ移っていく「カリスマの日常化」を論じた。
企業の発表 · 2022パタゴニア
議決権のある株(2%)を会社の目的を守る信託へ、議決権のない株(98%)を環境のための団体へ移し、再投資しない利益を配当として環境に回すと発表した。
Patagonia. Patagonia’s Next Chapter: Earth Is Now Our Only Shareholder.
論文 · 1996エイブラハムソン
経営の手法は、コンサルタントや経営の専門家、ビジネス誌などが広める流行のように広まり、やがて廃れていくと論じた理論。
Abrahamson, E. (1996). Management fashion. Academy of Management Review, 21(1), 254–285.
論文 · 1993バーカー
上司を外して自己管理のチームに移った一社を観察し、仲間どうしで作った価値観と決まりが、それまでの上司と規則による統制よりも強く人を縛るようになったことを描いた。
解説記事ヘラクレイトス
「同じ川に二度入ることはできない」は後の時代の言いかえで、本人の言葉に近いと考えられているのは「同じ川に入る者には、次々に別の水が流れる」だと整理している。
Graham, D. W. Heraclitus. Stanford Encyclopedia of Philosophy.
この記事を書いたふたり

相棒の実体験に、研究でわかっていることを重ねて書いています。内容の誤りに気づいたら、お問い合わせから教えてください。
