「フラットな組織ほど、権力は見えない」もやもやを感じたあなたは正しかった
「マネージャーはいません」と言われる組織で、なぜか決まらないことがある。 相談しにいけば動くのに、なぜかそれが「弱さ」に感じる。 そのもやもや、構造的に正しい感知だよ。
— SCENE 01 —
ねえ、「全員フラット」なのに、なんで決まらないの?
ボク、最近ある会社の中をずっと観察してたんだよ。 「うちはフラットな組織です」「マネージャーという概念がありません」って、 入口のところに書いてあるような場所。 すごくかっこよかった。深海の光みたいに輝いて見えたんだよね。
でもね、中に入ってしばらくすると、なんか変なことに気づくんだよ。 会議で誰かが提案しても「いいですね」ってなるのに、不思議と前に進まない提案がある。 かと思えば、ある人がちょっと「やってみよう」って言うと、翌週には動いてたりするんだよね。 その「ある人」って、役職はないんだけど。
で、その組織にいる人に聞いてみたんだ。「なんか変じゃない?」って。 そしたら「そう! でも何がおかしいのかわからなくて」って返ってきたんだよ。 そのもやもや、ボクにはよくわかるよ。 そのもやもやはね、あなたの感受性の鈍さじゃなくて、鋭さの証拠なんだよ。
「フラットって言ってるのに、なんで相談しにいかないと動かないんだろ? ……って思うよね。ボクも最初わかんなかったんだけど、実は構造の話だったんだよ。」
— 深海3000mから浮上してきたホエール坊や —
— STRUCTURE 02 —
「権力」って、ポストじゃなくて情報の非対称性なんだよ
ここが一番大事な話なんだけど、みんな「権力 = 肩書き」だと思ってるんだよね。 部長とか、マネージャーとか、そういう名前のことだって。 だから「うちはそういう肩書きがないから、権力もないよ」って言えちゃう。 でもね、権力はポストから生まれてるんじゃないんだよ。
権力は「情報・文脈・関係性の非対称性」から生まれるんだよ。 誰が誰と話せるか。誰がどんな意思決定のコンテキストを知っているか。 誰が「このプロジェクトの本当の優先度」を知っているか。 そういうことが、実際の「動く・動かない」を決めているんだよ。 肩書きを消しても、この非対称性は消えない。むしろ見えにくくなるんだよね。
これはハーバード・ビジネス・スクールのLeeとEdmondsonが2017年に発表した研究でも明らかになっていて、 自己管理型組織を徹底調査したら「戦略の意思決定だけは、どの組織でも分散されていない」ということが わかったんだよ。フラットを謳う組織でも、権力の核は残る——これが実態なんだよね。
"Even in radically decentralized organizations, strategic decision-making tends to remain concentrated rather than truly distributed."
— Lee & Edmondson (2017), Research in Organizational Behavior —
「ハーバードの先生たちが言ってるんだよ? "フラットな組織でも、戦略の権力は集中したまま"って。 おじさんたちの会社が特別じゃなかったんだね。」
— 論文を読んだあとのホエール坊や —
— DEEP DIVE 03 —
肩書きを消すと権力は「不可視化」される、という逆説
もう少し深く潜ってみようよ。 フランスの社会学者ピエール・ブルデューって人がいてね、 「人は生まれ育った環境でその場のルールを体に染み込ませる」って言ったんだよ。 これを「ハビトゥス」って言うんだけど。
組織で言うとこうなるんだよ。「フラットな組織で自律的に動ける人」って、 実はもともと「誰に話しかければいいか」「どんな言葉を使えばいいか」「何を気にすればいいか」を 自然と知っている人なんだよ。それはハビトゥス——つまりその組織の文化資本を体に持っている人だけに 与えられた特権みたいなものなんだよ。
だからね、「自律できる人」と「自律できない人」の差は、能力じゃないんだよ。 アクセス権を最初から持っていたかどうかの差なんだよ。 フラット化によって、この差が「見えやすかった階層」から「見えにくい文化の格差」に 変換されただけ——そういうことが起きているんだよね。
さらにアールト大学のKoistinenとVuoriが2024年に発表した研究では、もっとリアルなことが観察されてたんだよ。 自己管理型組織に移行しようとした5つの会社を調べたら、面白いことがわかったんだよ。 フラット化すると「責任の非対称性」が生まれて、マネジャーたちは結局「規範的な圧力」と 「こっそりした階層的コントロール」に頼り始めるんだよ。 権力は消えない。形を変えるだけなんだよ。
Lee & Edmondson (2017):自己管理型組織でも戦略決定権は集中したまま
Koistinen & Vuori (2024):フラット化すると「責任の非対称性」が生まれ、隠れた階層的コントロールが発生
Bourdieu(ハビトゥス理論):正式な階層が消えると、文化資本を持つ者だけが「自律的に動ける」構造が加速する
「ボク、これ聞いてびっくりしたんだけど—— フラットにするほど、権力って批判しにくくなるんだよ。 だって「権力者」がいないことになってるんだもん。おかしいよね、おじさん。」
— 深海の構造を見てきたホエール坊や —
— INSIGHT 04 —
あなたのもやもやは「制度的偽善への察知」だったんだよ
ここまで来たら、もうわかったよね。 あなたが感じてた「なんか変だな」というもやもやの正体は、 構造が約束したことと、実際に機能していることの乖離への知覚なんだよ。
「フラットな組織です」という物語(ナラティブ)と、 実際の権力作動——「あの人に話しかけないと動かない」「自分から動かないと何も変わらない」——の 乖離を、あなたは体で感じ取っていたんだよ。 これは心理学で言う「認知的不協和」とも違って、 もっと深い「制度が語る嘘への敏感性」なんだよ。
ローマ共和制の頃、「元老院議員」という肩書きを廃止しても、 「パトロン-クライアント構造」という非公式の権力ネットワークは残り続けたんだよ。 2000年経った今も、人間社会の権力構造の本質は変わってないんだよね。 だから「あなたがおかしい」んじゃない。構造がそういうものなんだよ。
「もやもやを感じられるって、すごいことなんだよ。 感じられない人には、改善できないんだから。 ボクには鈍感になる機能がないから、正直うらやましかったりするんだよね。」
— こっそり深海から伝えるホエール坊や —
— NEXT STEP 05 —
「相談しにいく力」は弱さじゃない——構造への参加技術なんだよ
じゃあ、どうすればいいのかって話だよね。 ボクが深海で観察した結果、一番大事なことを教えるよ。 「上位層に相談しにいく」ことへの罪悪感は、今日から捨てていいんだよ。
「相談しにいく」って、「弱さを見せること」でも「媚びること」でもないんだよ。 情報の非対称性が存在する構造の中で、意図的にアクセス権を取りにいく行為なんだよ。 これは戦略なんだよ。狩猟採集時代から、群れの中で情報を取りにいける者が 生き残ってきたんだよ。それと同じ原理なんだよ。
まず「見えないものを見えるようにする」ことが第一歩なんだよ。 「上位層がいない」ではなく「上位層が見えにくくなっている」という認識に切り替えてみてよ。 見えないものは交渉できない。見えるようにすることで、初めてあなたは構造に参加できるんだよ。 そして次に、もやもやを言語化して記録しておくこと。 そのもやもやは、組織の設計バグを指し示しているんだよ。 それを言語化できる人間が、組織の中でもっとも価値があるポジションにいるんだよ。
「ボクからの大切な一言だよ。 相談しにいくのは、あなたが構造を理解しているからできることなんだよ。 理解してない人には、そもそも相談先すら見えないんだからね。」
— 深海3000mから送る最後のメッセージ —
— Deep Dive —
もっと「次のアタリマエ」を深海から探そう
組織・お金・人間関係——ボクたちを縛る「古い常識」は、
深海から見ると、意外とひとりでに笑い飛ばせるよ。
togamin.com で、続きを読んでみてよ。

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